『最後の場所で』チャンネ・リー
「礼節ある良き日系アメリカ人」として、周囲の人々から尊敬と人望を集める老人、ドク・ハタ。満ち足りた生活を送っているように見える彼の心には、ある忘れられない過去が影を落としている。
在日コリアンとして生を受け、日本人夫妻の養子となり、戦後アメリカへ渡る。常に「アウトサイダー(よそ者)」という意識から逃れられず、心の内は孤独だ。
原題が“A Gesture Life”とあるように、彼は体裁と礼儀で周囲に溶け込もうと懸命に努力する。ここが自分の「最後の場所」と決めて骨を埋めようとする姿が、読んでいて切なく、悲しい。なぜなら、いくら年月が過ぎようとも、どこも彼の心の安住の地にはならないから。
この作品では、「アウトサイダー」意識だけでなく、過去に犯した過ちが人生に大きく影響して、彼を「臆病な善良者」に仕立て上げてしまう。
戦争中の辛い体験から、愛する者を傷つけないように気を配るあまり、相手に疎外感を与えてしまう。
「贖罪」のような彼の愛情は、皆に平等に降り注がれる反面、決して誰も自分の心の内側に入らせないのだ。彼の、壊れやすい物に触れるような臆病な愛情に、時にイライラさせられ、養女や恋人が彼の元を去っていくのは自業自得ではないか、とも思ってしまう。
けれどそれは、彼が心に負った傷の深さを、きちんと理解していないだけなのだ。彼の心の深淵は、果てしなく深く、暗い。何十年経っても、過去は薄れるどころか、色濃く彼の前に現れ、苦しめる。その、絶望感、孤独感、無力感は、簡単に理解しようというのが無理なのかもしれない。
作者のチャンネ・リーは、30代前半でこの作品を書き上げたそうだ。
従軍慰安婦問題をここまでリアルで切実なものにする想像力・構成力、味わい深い登場人物の心理描写、抑制の効いた上品な文体、読む者を引きつける圧倒的な筆力は、素晴らしい。その早熟な才能に、ただ驚かされる。[Amazon]
アメリカ:高橋茅香子・翻訳
A Gesture Life
Chang-rae Lee




コメントはまだありません。