『サフラン・キッチン』ヤスミン・クラウザー
- ヤスミン・クラウザー
- 新潮社
- 2310円
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書評
自分が「日本人」であることを強く意識する時といえば、海外へ行った時や、オリンピックなどの世界大会でスポーツ選手たちを応援する時ぐらいなのだから、本書の登場人物に比べると、本当に平穏無事に暮らしていると思う。
本書は、二人の女性を軸に展開する。
イラン人の母とイギリス人の父のもとに生まれたサラは、冒頭で不幸にも流産してしまう。娘を傷つけてしまったことで自らを苛める母・マリアム。イギリスで心優しい夫とひとり娘に恵まれ穏やかな日々を過ごしてきたマリアムは、誰にも語ることのなかった過去を心の奥深くに秘めていた。この出来事をきっかけにして、マリアムは棄ててきた過去ときちんと向き合うことを決意、単身、故郷・イランへと旅立つ。
物語は、サラとマリアムの二人の視点で交互に語られていく。
40年経てもなお拭いさることのできない過去を見つめる母のもとへ、娘は引き寄せられ、二人の物語はイランの地でぴったりと合わさる。
本書は、二つの祖国のはざまで自らのアイデンティティを模索する母娘の物語である。この点、人種こそ違うが、インドとアメリカの間で揺れ動く、『停電の夜に』の著者・ジュンパ・ラヒリと通じるものがある。
また本書は、自由を求めて生きようと願う女性の物語である。イランの因習とその体現者といえる父親に抵抗したマリアムは傷つき、愛する者も失ってしまう。使用人・アリとの許されない恋は、マリアムにとってかけがえのない記憶であると同時に、深い悲しみを呼び覚ますものなのだ。
自分のすべてを失う覚悟で愛したアリと、妻の帰りを信じて待つ夫と、慈愛をもって支える医師。マリアムを巡る三人の男性が、実に魅力的に描かれている。
もっとも、本書が恋愛小説としても深い感動をもたらすのは、そこにそれぞれの人間の核となるものが、しっかりと根づいているからだと思う。イギリスで長く暮らしていても、マリアムの記憶には故郷・イランの地が刻み込まれている。そして、一度も足を踏み入れたことのないサラにも、イランは常に存在しているのだ。
マリアムとサラは、いわば、自らのルーツをたどる旅をしているといえる。どんなに目を背けようとも、ここから出発しなければ一歩も前に進むことはできないのだ、という切迫した思いが伝わってくる。
語られる内容は、重く痛い。けれど、サフランの花言葉が「歓喜」であるように、すべてを読み終えた後には、希望の光が差し込んでくるのを感じることだろう。[Amazon]
イギリス:小竹由美子・翻訳
The Saffron Kitchen
Yasmin Crowther

※本書は、本が好き!経由で献本していただきました。

サフラン・キッチン

『サフラン・キッチン』 by ヤスミン クラウザー
翻訳文学を読む楽しみの一つに、「異邦の文化・生活」に触れる、というのがあるかと思