『心にナイフをしのばせて』奥野修司
本書で著者が本当に伝えたかったこととは、同級生をナイフでメッタ刺しにして首を切り落とすという残虐さでもなく、犯人Aが少年院を退院した後弁護士になっているという衝撃的な事実でもなく、弁護士になったAが慰謝料を払わずいまだ謝罪の言葉すらないことでもないだろう。
1969年春、神奈川県にあるカトリック系の男子校・私立サレジオ高校で、同級生を刺し殺すという凄惨な事件が起こった。本書は、被害者の遺族のインタビューを元に、少年Aのその後と被害者遺族の癒えぬ傷を綴ったルポルタージュである。
被害者の母親は事件のショックで記憶を失っていたため、本書は主に被害者の妹による証言で構成されている。読み出してすぐ、本書がかなり被害者寄りに書かれたものであることに気づく。
少年Aが同級生を殺した理由に、被害者によるいじめが挙げられているが、著者は取材した人物の口を借りて、「殺意を抱かせるほどのいじめはなかった」と書く。
最初、ドキュメントなのにずいぶん主観的・非中立的なことに違和感を覚えたし、証言者の一人称で語られる構成は、まるで小説のようで受け入れ難かった。このルポライターは、事件をことさらドラマティックに描きたいだけなのではないか、と。
しかし、読み進めていくうちに、本書が単に「少年A」を扱ったドキュメントではないこと、事件後の被害者遺族の姿を追うことそのものが、この事件の本当の悲惨さを伝えることになる、という著者の意図が分かってくる。
母親は一夜のうちに髪の毛が真っ白になり、辛い現実を直視できず一日中睡眠薬で眠り続ける。父親は取り憑かれたようにパチンコをし、家族を守るため一人耐える。妹は事件以来感情を押し殺し、生き地獄のような苦しみから逃れるためリストカットを繰り返す。
ここで書かれていることは、報道されなかった真実である。事件から30年以上経ってもなお、遺族は事件を引きずり、傷が癒えることはない。私にはそのことがとてもショックだった。
もし、「どうして人を殺してはいけないのか」と問う者がいたなら、本書を手渡したい。読み終えた後でも、被害者の妹が発した一言が、鋭く心に刺さり残っている。
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