『命の番人 難病の弟を救うために最先端医療に挑んだ男』ジョナサン・ワイヤー

命の番人―難病の弟を救うため最先端医療に挑んだ男大工のスティーヴン・ヘイウッドは29歳の時、ある難病に侵される。
病名は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)。ALSは、運動神経細胞が少しずつ死んでいく病気で、患者は発病から3~5年で亡くなることが多いという。有効な治療法はなく、脳の腫瘍(ガン)でさえ、ALSに比べると軽いというのだから、その深刻さがよく分かる。

もし、家族が治療法のない難病に侵されたと知った時、自分ならどうするだろう。
ショックのあまり、事実を受け入れられない。嘆き悲しむ。運命を呪う。宗教に救いを求める。諦めきれずに医者を探す。余生を楽しく過ごさせてやろうとする。
しかし、スティーヴンの兄・ジェイミーの取った行動は、このどれとも違う。
弟を救うべく、最先端の遺伝子医療の分野に乗り出し、ALSに敢然と立ち向かっていくのだ。エンジニアで起業家の彼は、門外漢ながら財団を立ち上げ、医師や研究者からなるチームをつくりあげ、治療法を見つけ出すことに奔走する。時間との勝負だけに、ジェイミーの奮闘には鬼気迫るものがある。人は覚悟決めた時、ここまで真剣になり、自分の限界を超えることができるのか、と圧倒された。

本書は、ヘイウッド家の挑戦に迫ったルポであるとともに、現代の最先端医療が抱える課題を鋭く描いた科学読みものでもある。
人はどこまで命を操作できるのか―。
本書で問題になっているのは、遺伝子治療そのものの科学的議論より、それをどう活用していくか、という生命倫理に係わる議論である。
研究から治療法への転換をスムーズに行うにはどうすればいいのか、見込みの薄い治療法で患者にリスクを負わせることは適正なのか、誰がどのような規準で実験に認可を与えるのか、製薬会社の新薬開発費の回収と人の生命尊重との折り合いをどうつけるか(病気が特許で金儲けの対象になっていることの是非)等、本書は、現代の生命倫理が直面している問題を浮き彫りにしている。

ただ、本書はノンフィクションだが、「客観性」という点では少し疑問を感じる。
ヘイウッド家に襲い掛かった運命と時を同じくして、著者の母親は、別の難病に侵された。そのことから、本来なら第三者的立場で冷静に見つめるべきなのに、著者はヘイウッド家に感情移入し過ぎてしまっているように思う。
けれど、感情に流されてしまいそうになる自分を戒め、ジャーナリストとしての立場と、病気の家族を抱える一人の人間としての立場との間でもがきながら書かれた本書は、熱い血が通った説得力のある良書であり、ジャンルの垣根を越えて読む者の心を強く揺さぶるのだ。[Amazon]

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