『小さな恋の万葉集』上野誠
日本人として生まれたからには、万葉集は読んでおきたい。とはいっても、現代語と異なる言い回しや歌の解釈の難しさに、古典の世界に足を踏み入れることを躊躇してしまう人は少なくないだろう。
本書は、私たちがこれまで古典に抱いていた、古くさく堅いイメージを一新し、万葉集をぐっと身近なものにしてくれる。
著者の上野誠氏は、万葉集に関する著書を多数出版している文学部の教授。本書では、数ある万葉歌のうち恋歌だけを取り上げて大胆な意訳を試みており、その斬新な現代語訳に驚かされる。
例えば、「いかにして 忘るるものぞ 我妹子(わぎもこ)に 恋は増されど 忘らえなくに」という、日に日に増さる男性の恋心を訴えた恋歌は、著者の手にかかると、こうなる。
それは、恋―
いったいぜんたい
どうしたら忘れられるのか?
あの子の存在がどんどん大きくなってゆく・・・・・・
ああ!
忘れられないよぉ
男性の切ない恋心が、生き生きと伝わってくるではないか。美しい万葉恋歌が、1300年の眠りから覚め、現代に甦るのだ。
古典だから、と難しく考えることはない。本書に収められた恋歌は、万葉人たちが自分の思いを素直な言葉で表現した、心そのものである。
突然恋に落ちて戸惑う者、好きな人に逢いたくて夜も眠れない者、人目を気にして素直になれない者、恋人の心変わりを疑ってやきもきする者、年上の人妻を想う者、別れた恋人が忘れられない者、夢の中でデートする恋人たち―。歌から浮かび上がってくる先輩たちの恋模様は、現代の恋愛事情と何ら変わらない。違いがあるとすれば、今みたいにメールや電話がなく、簡単には逢えなかったことだろうか。その分、相手を恋い慕う思いは強かったのかもしれない。
「こんな訳では歌のよさが失われる」と、本書を批判する声はあるだろう。確かに、原文のまま読む方が味わい深いし、大胆に意訳するあまり不自然な若者言葉になっている歌もある。
しかし、こんな楽しい一冊があってもいいのではないだろうか。本書を読んで、万葉集に興味が持てればしめたもの。万葉集は、こんなにも共感できて感動を呼び起こすものなんだよ、という著者の声が聞こえてくるようだ。[Amazon]



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