『彰義隊』吉村昭

彰義隊「彰義隊」というタイトルだから、てっきり、一隊士の姿を追うかたちで物語が進行していくものだと思っていた。それなのに、読み進めど、主人公になりそうな隊士がなかなか登場してこない。
一方で、最初は脇役に過ぎないと思っていた一人の人物が、徐々に形をなし浮かび上がってくる。

その人物とは、徳川将軍家の菩提寺、上野寛永寺の山主・輪王寺宮。皇族で、後の明治天皇の叔父にあたる人物だ。22歳という若さに驚く。
東征大総督・有栖川宮熾仁親王に、慶喜の助命を願い出るものの、けんもほろろに断られ、屈辱的な扱いを受けた宮。そして起こってしまう、上野での彰義隊と新政府軍の戦い。
彼は、海面に浮かんだ一枚の葉のように、自らの意思を超えた大きなうねりの中へ飲み込まれていく。
本書では、たった一日で決着がついてしまう上野の戦いそのものよりも、敗戦から落ちのび、北へ北へと逃れていく宮の様子が多く語られている。スポットライトが当たっているのは宮なのだが、画面の端にちらちらと現れる隊士の姿が、彰義隊の悲惨さをいっそう際立たせている。

印象的なシーンがある。
京へ送られてきた宮が、家の者が町の様子を話しているのを耳にし、感慨にふけるところだ。

京都に帰還してきた朝廷軍は連戦連勝し、まさに凱旋で、その総指揮にあたった有栖川宮熾仁親王は、華々しい栄光につつまれている。それとは対照的に、自分は朝敵の汚名のもとに幽閉されている。同じ皇族でありながら、それは天と地の差があり、これも自分の宿命なのだ、と自らを慰めた。

この二人の皇族の対比は、戊辰戦争が終わって数十年経っても、本作品に色濃く残っている。「朝敵」という事実が、宮の心の傷となり一生苦しめるのだが、この感覚が、戦後に生まれた私にとっては理解し難い。
また本書では、進軍してくる新政府軍の略奪や乱暴な振る舞いが、随所に語られる。「封建的な古い体制VS革新的政府」という図式で教えられてきた戊辰戦争。それは、「勝てば官軍」という後づけの“正義”に過ぎなかったのではないか。戊辰戦争の意味を改めて考えさせられた。

本書は抑えた筆致で淡々と綴られていくので、司馬遼太郎作品のような生き生きとした人物描写を期待していると退屈に感じるかもしれない。しかし、ずっしりと重く心に残る本書は、もう一度読み返してみたくなる作品である。[Amazon]

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