『ひとがた流し』北村薫

ひとがた流しある人が言った。「女性は40代からが、本当の勝負だ」と。
若い間は、「若い」というだけで何ものにも替えがたい宝を持っているようなものだが、やがて年齢を重ねるにつれて肉体は衰え、表面的な美しさは損なわれていく。反対に、内面の美しさは年齢に制約されることなく、いっそう輝きを増す。
だから、内面がどれだけ美しく輝いているか(どれだけ幸福か)が、はっきりと現れるのが40代から、ということなのだ。

本書は、40代の女性の物語である。
アナウンサーの千波、作家の牧子、元編集者で写真家の妻となった美々は、高校からの幼なじみ。物語は、この三人の女性を中心に、牧子の娘・さき、美々の夫・類と娘の玲、千波の後輩・良秋、それぞれの視点で綴られていく。
高校を卒業して20年以上経った三人の女性は、立場や生活スタイルの異なる別々の人生を歩んでいる。これまで自分が築き上げてきた生き方には、自信と誇りを持っているが、「もう若くはない」自分に、少しの不安と戸惑いも感じている。何かやり残したことはないのか、と。

作中で、自分の願いを紙の人形に託して川に流す「ひとがた流し」のエピソードが語られるが、それはそのまま、彼女たちの人生と重ね合わさる。
緩急の流れの中で、彼女たちは源流から川、そして広い海へと流れていく。決して流れに逆らうことはできない。けれど、自分の「思い」を次へ託すことはできる。つかず離れずの距離を保っていた三人だが、その中の一人は静かに別の方向へ流れていく。しかし彼女の思いは、関わった人間にしっかりと受け継がれていくのだ。

六章からなる本書は、章の末尾から次章の冒頭へかけて、人から人へさまざまなものが渡され受け取っていくリレーのような構成になっている。そこには、「もの」と一緒に「祈り」もバトンとなって渡されているように思えてならない。
人は一人でこの世に生を享け、一人で死んでいく。けれど、伴走者もいれば、バトンを渡し自分の後を受け継いで走ってくれる者もいる。「一人」であっても、「独り」ではないのだ、というメッセージを強く感じた。
極力感情の起伏を押さえ淡々と描かれた本書は、しみじみと心に染み渡る作品である。
ちなみに、本書は先日発表された第136回直木賞候補作に挙がっている。どの作品が受賞するかという話題より、北村薫がまだ直木賞を受賞していないのが意外だった。[Amazon]

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