『バスジャック』三崎亜記

バスジャック本書は、7つの物語からなる短編集だ。
前作『となり町戦争』では、なんら疑問の声をあげることなく戦争に参加する“普通”の男性の“異常”な姿を描いた三崎亜記だが、本書でもその作風を感じる取ることができる。

特に、最初の一篇「二階扉をつけてください」は、『となり町戦争』をさらに救いようのない物語にしたもの。「何か変だ」と思うことが、いつの間にか周りでは常識として認識されているため、最初に抱いた違和感はうやむやのまま消滅してしまう。良くも悪くもその状態に慣れてしまう人間の習性を上手く描いている。
三崎作品で描かれる不思議な世界は、フィクションと割り切れない怖さがある。それは、悲鳴の出るようなホラーではなく、背筋のぞっとするような恐怖なのだ。リアル感がある点で言うと、こちらの方が余程怖い。
無関心でいることや、ものごとを鵜呑みにすることの弊害を突き詰めて文学に昇華する作家―それが三崎亜記といえるだろう。

本書では、ファンタジー色の濃い作品がいくつか含まれている。
丘の上から、過去の自分と家族の姿を双眼鏡で覗く男を描いた「しあわせな光」や、雨の夜に男の部屋を訪れ、本を借りていく奇妙な若い女性を描いた「雨降る夜に」には、辛辣さはなく、心温まる掌編に仕上がっている。

恋人同士のすれ違いを描いた「二人の記憶」は、三崎作品だけに、“普通”ではない。ありえない話だが、作者がこの極端な物語に込めた意味には、とても共感できる。
バスジャックがブーム化し、人々のあいだで一種のゲームのようなものになった世界を描いた表題作「バスジャック」は、キレがあり楽しめた。一台の車両の中で繰り広げられる心理戦に、一気に引き込まれた。オチも決まっている。

個人的に一番良かったのが、最後の「送りの夏」
恋人、妻、子ども―愛する者と突然死に別れた人間が、ゆっくりと“死”を受け入れ、自分の人生を歩き出そうとする様子を描いている。死んだ人間とそっくりのマネキンを作り一緒に生活する若葉荘の住人の姿は、滑稽とも変わっているとも思えず、ただ悲しい。その中で、苦しみの渦中にいる妻を温かく見守る主人公の父親の姿が、印象的だった。じんわりと心に染みる物語だ。[Amazon]

  1. コメントはまだありません。

  1. トラックバックはまだありません。