『わくらば日記』朱川湊人
昭和30年代、東京の下町。
語り手の少女・和歌子は、母と姉の三人で、仲睦まじく暮らしていた。病弱で美しい姉の鈴音とは、仲の良い姉妹だ。ただ普通と違うのは、姉には、人や物の記憶が「見える」不思議な能力があるということ。
その能力をきっかけにして姉妹が出会ったさまざまな人々を描いた、5つの連作短編集。
ノスタルジー漂う作品が朱川湊人の十八番とはいえ、まさか自身の生まれていない昭和30年代にまで遡るとは・・・。それも、当時の情景が目に浮かんでくるような丁寧な描写なのだから、いやはや驚かされる。
「もはや戦後ではない」と言われ、高度経済成長へと突き進んでゆく日本。古いものと新しいものが混在した時代。物の増加が幸福の増加につながった時代。そこには、力強い活力の息吹があった。
そんな時代を背景にした本書は、市井の人々の姿を、姉妹の眼を通して優しく描いている。
少女が人の記憶を「見る」様子が、とても美しい。
鈴音曰く、
「たとえば、誰かのことをじっと見るでしょう?しばらくしたらその人の頭のすぐ上に、ぼんやりとした虹みたいなものが浮かんでくるの・・・・・・ちょうど漫画のセリフが入っている雲みたいにね。それをもっと見ていると、その虹の真ん中が不意に白くなって、まるで天然色の映画みたいに、いろんな景色が見えてくるの」
単に“透視”という一言で片付けてしまえないくらい、きれいであたたかい表現だ。
「あたたかさ」というのが、本書のテーマといえるだろう。
姉妹は、不思議な能力を使って5つの事件に関わる。そこで出会う殺人者、怖そうな刑事、口うるさいおばあさん、粗暴な少女などに向けられる眼差しは、優しいものだ。もしかすると、少女が「見て」いるものは記憶ではなく、その人の本当の姿なのかもしれない。
本書は作者の、人間への愛に溢れている。抑制の効いた美しい文体は、いっそう読む者の心の琴線に触れ、感動を呼び起こすのだ。
すべての人は望まれてこの世に生まれ、あの高い高い空に、誰もが祝福されているのだと。



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