『幻の光』宮本輝
ある人が、自らの命を絶ったとする。
残された人間は、訃報に驚き、嘆き、悲しむ。そして、彼(彼女)はどうして自殺したのだろう、とか、一体何を悩んでいたのだろう、とか、なぜひと言相談してくれなかったのだろう、とか、どうしてもう少し頑張れなかったのだろう、と、死んでしまった人間の心の内を、必死に推量しようと試みる。答えの返ってこない、空虚な問いと知りながら。
“生”の世界から旅立ってしまった人間は、死ぬ決意を前から抱いていたのかもしれないが、周りの人間にとっては、“死”は、突然訪れたもの。そして、親しい者の“死”の瞬間から、残された人間の苦悩は始まるといってよい。
前夫を突然失ったゆみ子は、再婚した今でも、死んだ前夫に語りかける。結婚して3年、子どもも生まれて楽しいはずだったのに、なぜあなたは自殺したのか、と。どれだけ考えても理由が分からず、彼女は夫の死から完全に解放されない。
この作品では、“生”と“死”に、はっきりとした境界線がある訳ではなく、人はこの二つを内包している存在として描かれる。心が活発に、前向きに働いている時は、“生”として現れ、精がなくなると、“死”の力に引っ張られる。
生命は、常に“生”と“死”のせめぎ合いにさらされている。“生”が勝つか、“死”が勝つか―。
作者は、そんな人間の抱える危うさを、奥能登の海を背景に、女の過去と現在を織り交ぜながら妖しく描いていく。海原に見える光に魅せられているゆみ子の姿が、“死”を暗示しているようで、ぞっとした。
宮本輝は、人間の内面を、とことん突き詰めて書く作家だと思う。心の深淵にギリギリまで降りていって、隠されていたものに光を当てる。彼の作品を読むと、自分の心がぐぐっと掴まれたような、痛みに近いものを感じてしまう。
本書には表題作を含め、4短篇収録されているが、どれも心の機微を丁寧に描いている。ふとしたことで、人間の内面は大きく揺れ動く。そんな一瞬一瞬の動きを的確に捉えた作品集だ。[Amazon]




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