『戦国馬飼物語』もりたなるお
現在放送中のNHK大河ドラマでは、武田信玄の軍師・山本勘助を中心に、戦国の世を駆け抜けた人間たちの生き様が描かれている。
血で血を洗う残虐な面があるとはいえ、食うか食われるかの弱肉強食の世界で、己の知力の限りを尽くして生き抜こうとするエネルギーには、今なお私たちを引きつけてやまない魅力がある。
この戦いの場に必ず登場するのが、馬である。
「人間を乗せる動物は馬に決定」と世界中の人々が示し合わせた訳でもないのに、世界各地で昔から馬は戦闘用に使われてきた。中でも、鍛え抜かれた質の高い戦馬は、勝負を大きく左右するものとして重宝された。
本書には、戦馬を育てることを生業とする「馬飼い」の姿を描いた表題作をはじめ、「従」の立場である馬を通して戦国の世を描いた3つの中短篇が収められている。
武蔵国多摩群小川牧では奈良時代から、荷物の運送に使われる荷駄馬の育成が盛んな土地であった。武士の台頭で戦闘馬が求められるようになると、各牧は戦馬の育成に努めた。
表題作は、優秀な戦馬を育てることに情熱を燃やす馬飼いの多七が主人公。
時は1560年、戦闘形態は、騎馬戦での切り合いから鉄砲を使った銃撃戦へと移行しつつあった。多七が自信を持って育てた値の高い戦馬は一向に売れず、荷を運ぶ駄馬を育てろと言われる始末。
時代の変化にともない、戦国武将だけでなく馬飼いたち商売人も方向転換を迫られて試行錯誤している姿が興味深い。甲斐の武田や越後の上杉のように「最後は大将同士の一騎打ちで決まる」と信じて優れた馬を買い求める武将はもはや少数派で、「戦馬は時代遅れ」と多くの武将が銃撃戦にシフトする中、今後どのような馬を提供すればいいのか、思案する馬飼いたち。多七は、武田勝頼の言葉で戦馬育成の可能性に光を見出し、さらに彼の息子が商売を盛り立てていく。
本書は時代小説だが、一種のビジネス書としても読むことができる。これまで築いてきた伝統を守り続けるか、それとも新たなビジネスチャンスをものにするか。物語で問題となっている「馬」は、現代ではさまざまなものに置き換えて考えられるのではないだろうか。
本書では他に、織田信長の馬への思いを描いた「誼の馬揃え」がよかった。信長は、鉄砲の時代が必ず来ると信じる一方、武士として騎馬の美学も捨てきれない。上杉謙信に謎を掛けて、ある贈り物を差し出すくだりは、簡潔な文章の中に彼の複雑な心境が現れており、見事。[Amazon]



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