『僕僕先生』仁木英之
かわいい表紙である。
タイトルの意味が分からなくても、作者の名前を聞いたことがなくても、この表紙を見るだけで手に取ってしまうのだから、装丁とは実に購入動機のウェイトを占めるものだ。物語は、表紙のイラストどおりの内容である。終始ほんわかした雰囲気の漂うゆるゆる系(こんな言葉があるのかは知らないが)ファンタジー小説だ。同じくファンタジーノベル大賞を受賞した『しゃばけ』シリーズが好きな人は、楽しめるだろう。
舞台は、玄宗皇帝が御世・唐の時代の中国。
とある地方に、王弁という若者がいた。この王弁、実に覇気がない。地方官吏だった父の財産に寄りかかって学ばず、働かず、結婚せず、ぐうたらと日々を過ごしている。そんな王弁がある時、一人の仙人に出会う。仙人といえば、立派な髭をたくわえた老人の姿をイメージするが、「僕僕」と名乗るこの仙人は、十代半ばくらいの少女なのだ。なりゆきから王弁は少女の姿をした僕僕先生に弟子入りし、共に旅に出ることに―。
【このレビューは少々ネタバレ気味です。ご注意を。】
この作品の特徴は、「中途半端」ということである。決して悪い意味ではない。
あくせく働いて出世することに何の魅力も感じない王弁は、俗世に染まり切れず達観したところがある。反対に僕僕は、仙人にも関わらず下界(人間の世界)に留まり、どこか俗っぽさや弱さを残している。
「人間なのに仙人らしい」王弁と、「仙人なのに人間らしい」僕僕の二人の関係が、物語の魅力であり、このズレが違和感をもたらす。
とはいえ、王弁が強い人間という訳ではない。同じような冒険物語・『西遊記』では、弟子の孫悟空が無鉄砲なことをするたびに師の三蔵法師が「これこれ」と諌める構図になっている。が、飄々とした本書の王弁にはそんな行動力はなく、逆に僕僕先生にからかわれながら「せんせぇ~」とその後ろをひょこひょこついて行く、という「へたれ」ぶりである。
僕僕先生に対して、師弟愛とも恋愛感情とも取れる愛情が芽生えるものの、気弱な王弁には強引さが足りない。「そこで押し倒せばいいのに!」と何度歯がゆく思ったことか。つかず離れずの二人の間の距離感もまた、中途半端なのだ。
先に本書を「ゆるゆる系」と紹介したが、「緩さ」の正体は、核心に迫れそうで迫れない、触れられそうで触れることのできない、この「中途半端さ」にあるのだと思う。
アクの強い登場人物が魅力の『カラマーゾフの兄弟』が歯ごたえのあるスルメだとすれば、本書は口の中に入れたらしゅわしゅわと溶けてしまう綿菓子のような作品である。キャラクターが描けていない訳ではないのだが、弱く輪郭がぼやけた印象を受ける。スポ根・熱血ものが全盛期の時にはウケなかっただろう。これも今の時代を反映しているのか。
けれど、読後感は悪くない。
作者はこの作品がデビュー作だとのこと。またこの作家の書いた作品を読んでみたいと思う。[Amazon]



僕僕先生 【仁木英之】
働かず、何も学ばず、親の資産を食いつぶしながら毎日ぼぉっとして過ごしている、無気力なニート青年『王弁』。ある日、彼は父の命で黄土山へと出かけ、そこでひとりの美少女『僕僕』と出会うのだけど――その少女、なんと何千何万年も生き続ける仙人だった。ひょんなことか