『百年の孤独』G・ガルシア=マルケス
- ガブリエルガルシア=マルケス
- 新潮社
- 2940円
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書評
ふう、疲れた。
私はいつまでも物語の世界に浸っていたい人間なので、長編を読むのは全く苦にならない。けれど本書を読み終えた時、まるで何十キロも走った後のような疲労感を覚えた。
作品が特別長い訳でも、文章が読みにくい訳でもない。この、ファンタジーともSFともとれる一つのジャンルに収まりきらないガルシア=マルケスの壮大な世界観に圧倒させられたのだ。
とにかく、濃い。
本書は、マコンドという村を舞台にした、ブエンディア家の百年にわたる物語である。数年ではなく、百年もの長いスパンで語られる一族の生と死、愛憎入り混じる人間模様が語られていく。主人公と呼べる者を敢えていうなら、マコンドという場所そのものなのかもしれない。百年にわたる興亡を、映像で一度に見せられたような感覚である。
こういう圧倒的な語りを前に、一体どういう「解説」が可能なのだろう。全く途方に暮れてしまう。
と、本書の解説で作家の梨木果歩さんが述べているように、この作品には説明や言葉は余計なものなのだろう。ただ、物語を読み、浸り、感じる―それが全てなのではないか。
とはいえ、それでは書評を放棄する言い訳になってしまうので、なんとか自分なりに感じた『百年の孤独』を書きつらねてみる。
本書を読む楽しさは二つあると思う。
ひとつは、百年という単位で一族の盛衰を読む、総論としての楽しさ。もうひとつは、エピソードのひとつひとつを読む、各論としての楽しさ。魔術師によって次々と繰り出される手品(本書ではエピソードのこと)を驚きながら必死に受け止めていると、最後に特大のイリュージョンが披露され、幕を閉じる。これが、私の本書を読んだ印象である。
作中にはたくさんの人間が登場するが、男性は、内向的で頭のいいアウレリャノ・タイプか、衝動的で度胸のあるアルカディオ・タイプの二種類、女性は、家庭を守り支えるウルスラ・タイプと、男性を受け止める情の深いピラル・タイプに大別される。同じタイプのキャラクターの繰り返しにも関わらず、飽きさせることなく読者を物語の世界に引き込む手腕は見事である。もう死んだと思っていた人間が数十ページ後にひょっこり現れるところなんて、いい意味で作者の掌で弄ばれているように感じた。
登場人物は、非業の最期を遂げる者や、誰にも看取られることなく死ぬ者が少なくない。タイトルの「孤独」には、人間は皆一人で死ぬ、という根源的な孤独の意味も込められているのではないだろうか。
<この一族の最初の者は樹につながれ、最後の者は蟻のむさぼるところとなる>(P.470)
ガルシア=マルケスはこの一文を、物語る力で百年の壮大な虚構の世界に仕上げてしまう。多分、この人と同じものを見ても、受け取る情報量には格段の差があるのだろう。
本を閉じた後も、ぐわんぐわんと頭の中で耳鳴りがするような強烈な一冊である。[Amazon]
コロンビア:鼓直・翻訳

百年の孤独

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