『銀しゃり』山本一力

銀しゃり山本一力の小説には、職人や、足を使う職業の人間がよく登場する。
豆腐職人、大工、飛脚・・・。本書もまた、職人を描いた物語である。主人公は、鮨職人の青年。その親友の順平は、棒手振(ぼてふり)を生業としている。
作者は、自分の身体を使ってものを作り出し、社会に貢献する人間を、好んで描く。対して、自分では何も生み出さないのに、態度だけは立派な人間を嫌悪する。

「わしら武家は、世のためになる物は、なにひとつ拵えてはおらぬ。ただただ飯を食らい、カネで物を購うのみだ」(P.205)

と、ひとりの武士の口を借りて語られる言葉は、そんな作者の思いが現れているのだろう。
社会的地位が高い者ではなく、市井の庶民を慈しむように描く。私は、そんな優しい眼差しに触れたくて、彼の作品をつい手に取ってしまうのかもしれない。

主人公の新吉は、老舗の鮨屋から暖簾分けしてもらい、ひとり立ちしたばかりの鮨職人である。江戸時代の鮨は現在のようなものではなく、箱寿司。素材と味にこだわった新吉の店の鮨は値が張り、なかなか売れない。
そんな中、ひとりの武士との出会いをきっかけに、柿を使った新しい鮨を考案する。食べものの描写は、さすが山本一力、といったところ。本書を夜更けに読まない方が賢明である。私は、この鮨を食べたくて身もだえしてしまった。結局、味を想像するに留めたが。

本書は、新吉が鮨職人として試行錯誤しながら成長する姿や、彼の友情とほのかに芽生えた恋心を爽やかに描いた人情時代小説である。一生懸命前へ進もうとする若者の情熱に引き寄せられるように、力となってくれる人が現れる。その交流もまた、清々しい。

ただ、物語としては、平板で物足りなさが残る。いかにも“お話的”なラストは、正直私の好みではない。主人公以外の登場人物の描写もあっさりとしていて、人物に厚みがないともいえる。
しかし、これは、物語に漂うあたたかさを感じ取る作品なのだ。人間の善性に疑問を抱かざるを得ない事件が相次ぐ世の中だからこそ、このような人情味溢れる作品を読む意味はある、と思う。
ちなみに、約450ページもある厚い本なのに、この値段。結構お得である。[Amazon]

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