『風が強く吹いている』三浦しをん

風が強く吹いている「左右の脚を、交互にまえに出せ!」「そうすりゃあ、いつかはゴールに着く。以上!」(P.219)

これは、箱根駅伝予選会を目前に控え、監督兼大家が選手たちに言い放つセリフだ。なんの参考にもならない発言に皆がずっこける場面なのだが、考えてみればなかなか深い言葉である。

「走る」という競技は、平たく言えば、二本の脚を交互に前に出すだけの行為だ(「歩く」との違いは置いといて)。何の道具も使わず自分の肉体ひとつで勝負できる、原始的なスポーツといえるだろう。
だからこそ、その姿は美しく、人を魅了する。筋肉のしなやかな動きに。風を切る疾走感に。

本書は、ひょんなことから箱根駅伝を目指すことになった寛政大学生たちの一年を描いた物語である。スポーツ青春漫画を活字で読んでいるような感覚だ。
竹青荘の住人の十人(シャレではない)の内、陸上経験者はわずか三人で、しかもその一人は怠惰な生活で身体がなまり、一人は膝に故障を抱えている、という設定からして漫画的だ。だから、走るために生まれてきたような天才ランナー・“走(かける)”という存在をもってきている。物語は、この走を主な語り手にして展開する。
他に、山道で足腰を鍛えられた地方出身者、司法試験合格者の頭脳派、クイズ好き、といった面々が、陸上の潜在能力を持つものとして脇を固める。そして陸上といえば黒人選手、という発想からか、留学生を、また、二人は双子の兄弟にすることでキャラクターがかぶる問題を避ける。さらに、漫画オタクという運動音痴を配置することで、ハラハラ感を演出している。バラエティに富んだ登場人物が、物語を縦横無尽に飛び回って、楽しい。

素人同然の集団がスポーツで夢の舞台を目指す、というのは、川原泉の漫画『甲子園の空に笑え!』によく似たストーリーだが、やはり心理描写という面では小説に分がある。焦燥感や仲間との軋轢、走っている時沸き起こる感情といった、選手ひとりひとりの内面が効果的に描かれている。
本書は約500ページあるのだが、テンポの良い会話、生き生きとした人物描写、飽きさせないストーリー展開にぐいぐい引き込まれていき、全く長さを感じさせない。葉菜子を巡る恋模様は不要だと思うし、物語に「出来すぎ感」は否めない。が、そんなことも打ち消してしまう程、力と熱のある、良い作品である。

駅伝は、不思議な競技だ。区間を走っている間は自分自身との戦いだが、全く孤独な訳ではない。最終走者まで襷をつないでいく、という行為で皆が心を一つにする団体戦なのだ。そんな競技の特質と男同士の友情をうまく絡めて物語に仕上げている。
スカッとできておもしろく、心がじーんとあたたかくなる物語を読みたい人には、オススメの一冊である。ただし、時間を忘れて読みふけってしまうが。
ちなみにこの写真では分かりにくいが、すごろくのようなカバー絵、眺めているだけで楽しい。[Amazon]

  1. 風が強く吹いている―三浦しをん

    風が強く吹いている―三浦しをん
    蔵原走(かける)は寛政大学に入学することになったが、アパートの契約金を全部マージャンですってしまい、野宿しながらコンビニでパンを盗む日…

  2. こんばんは。
    昨日はコメントありがとうございました。
    嬉しくなって、TBさせていただきましたのでご了承ください。
    確かに『甲子園の空に笑え!』に似たストーリーですね!
    私は川原泉教授の漫画大好きなので納得することしきりでした。

    • ぐら
    • 2007年 10月8日 6:04pm

    コメントありがとうございます。TBもご自由にどうぞ。
    三浦しをんさんって、マンガ好きのツボを心得ていますよね。
    こちらで触れるのも何ですが、私も『まほろ駅前多田便利軒』より、この作品の方がよかったです。
    読みにくい文章ですが、よろしければまた覗きに来てください。

  3. 三浦しをん『風が強く吹いている』

    三浦しをん『風が強く吹いている』
    新潮社 2006年9月20日発行
    ボロアパート「竹青荘」に住む大学生(ほぼ素人)10人が、
    箱根駅伝に挑む!
    真に“強い”ランナーを目指し、それぞれの“頂点”に向かい走る、
    超ストレートな青春小説。
    風が強く吹いている
    サ…

  4. ぐらさん、こんばんは。お久しぶりです。
    レビューの中に『甲子園の空に笑え!』があって思わず立ち止まってしまいました。
    私も川原教授大好きです♪
    確かに、素人に近い出場ぎりぎりの人数で夢舞台に挑むところなんかそっくりですよね。
    どちらもとても好きなお話です。
    全然運動なんかしない私ですが、ちょっと走ってもいいかも・・・、なーんて思ってしまうくらい、爽やかに駆け抜けていってくれますよね。
    『鹿男あをによし』にもTBさせて頂きました。

    • ぐら
    • 2007年 10月14日 9:41pm

    おおっ!ここにも川原泉ファンが!
    毎年家族で箱根駅伝を見に行く、という友だちがいて、「人が走っているのを見て何が楽しい?」と思ってたんですが、この小説を読んでちょっと考えが変わりました。

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