『武器よさらば(上・下)』アーネスト・ヘミングウェイ

武器よさらば(上) (光文社古典新訳文庫 Aヘ 1-1)武器よさらば(下) (光文社古典新訳文庫 Aヘ 1-2)大好きなヘミングウェイの、あの『武器よさらば』を、金原瑞人さんが訳す!
光文社古典新訳文庫のラインナップにこの作品が挙がった時、私は密かに喝采を叫んだ。大久保康雄訳が手元にあるとはいえ、ヘミングウェイを好きだと公言している訳者の手による新訳には、期待が高まる。去年新潮文庫から高見浩訳が出た時は、熟慮の末見送ったが、今回は迷わず購入。

早く読んではもったいないと思いつつも、ぐいぐい物語に引き込まれていき、時は瞬く間に過ぎてしまった。今、なんともいえない脱力感の中、この書評を書いている。新訳に触れるのは、ひとえにヘミングウェイの魅力を再確認する作業だったように思う。何度読んでも、否、読めば読むほど、物語の奥深さに魅了される。
そっけないほど簡潔な文体なのに、どうしてこんなにも心揺さぶられてしまうのだろう。ヘミングウェイの作品は、心の深いところまで届いてくる。

物語は、第一次世界大戦のイタリア戦線を横糸に、アメリカから志願兵としてやってきた青年と看護婦の恋愛を縦糸にして紡ぎ出されていく。
冒頭の一章は、主人公のフレデリックが負傷兵運搬の任務に就いている土地の情景を描いている。この場面が、私はとりわけ好きだ。
川には澄んだ水が流れ、平野には作物が豊かに実っている。その中を、土埃をあげて武装した兵士やトラックが次々と通り過ぎ、ここで今戦闘が行われていることを如実に物語る。美しい田園風景と、殺伐とした戦場のギャップが、皮肉で悲しい。
本書には、この種の違和感が終始つきまとう。
戯れに始まったフレデリックとキャサリンの恋は、戦況が悪化するにつれて激しく燃え上がる。そして戦地では多くの兵士が死んでいく一方で、キャサリンのお腹には新たな命が宿る。だが、二人の幸福は長く続かない。悲劇的なラストを迎えて始めて、相反するように見えた事象が、最初から逃れられない宿命の元にあったことに気づくのだ。

この作品の根底には、戦争批判が脈打っているのは言うまでもない。ただ私はここには戦争だけでなく、人の身に降りかかるあらゆる暴力や理不尽な現実に対する「怒り」があるのだと思う。
冷たく突き放したラストは、孤独や空しさと共に、やり場のない主人公の怒りが滲み出ている。大久保訳に比べて一文を短くした金原訳が、ラストシーンで生きてくる。この短い場面に込められた意味に思いをはせると、ただため息がもれるばかりである。
雨の降る日には、ホテルに向かって歩くフレデリックの姿が思い浮かんでしまうことだろう。[Amazon]

アメリカ:金原瑞人・翻訳

A Farewell to Arms
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