『めぐらし屋』堀江敏幸

めぐらし屋タイトルがいい。
物語は、亡くなった父のアパートで遺品を整理していた「蕗子さん」が、表紙に「めぐらし屋」と書かれた厚手の大学ノートを見つける場面から始まる。
一冊のノートから、次々とたぐり寄せられる過去の記憶、父との思い出、父の知られざる顔。偶然と記憶に引き寄せられるように、蕗子さんは亡き父との対話の旅に出る。

書評という建前上、一応あらすじらしきものを書いてみたが、本書の魅力をまったく伝えていないことに愕然とする。
現代活躍している女性作家は、「ディテールを描く」ことに長けている人が多い。物語としてはそれほど盛り上がりがなく、日常の何気ない出来事を洗練された言葉で紡ぐ。女性ではないが堀江敏行さんも、ディテールをとても丁寧に描く作家だと思う。例えば、冒頭の置き傘に関する描写は、何でもないことなのだが自分が小学生の時の記憶と照らし合わせると、よく分かるのだ。傘の色や形や大きさまでが、すぐイメージできる。こういうところが巧いなぁ、と思う。
また、本書は語り手が女性だからだろうか、作者の名前を伏せて読んでいたら、女性作家が書いたと言われても信じてしまうかもしれない。しっとりとした文体は、どことなく色っぽい。この雰囲気、川上弘美さんの作品と似ている。

父親が密かに世話をしていた「めぐらし屋」を巡る謎の描き方次第では、この作品はミステリー小説になったかもしれない。が、作者はその謎を突き詰めるのではなく、直前でするりと身をかわしてしまう。たぐり寄せられた記憶や登場人物たちの思いは、泡のように浮かんでは消えていく。これは、もう父から話を聴くことの叶わない蕗子さんのじれったさ、寂しさを表しているのだろう。

ただこれは、堀江作品の雰囲気が好きで好きでたまらないという人や、身内と死別して共感できる部分が多いという人以外は、さほど心に響かない作品かもしれない。
少なくとも、私にとってはそうだった。[Amazon]

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