その後
Aさんのサイトのすべての記事が削除されました。
今後、再開されるかどうかは分かりませんが、事実上の閉鎖といっていいでしょう。これは、知り合いのブロガーさんから教えていただいて知りました。
ブログ記事の盗用はやめてください!というタイトルの記事を掲載して一週間。
そもそも私は、古い記事がどんどん下へ流れていくブログの構造を鑑みて、一週間は更新しないことを決めていました。トップページにあれば、誰か一人でも目を通してくれるのではないか。そう期待を込めてエントリーしたのです。
思いもかけず多くの人に読んでいただき、その上コメントまでいただけたのは、嬉しい誤算でしたが。
その記事がきっかけとなって、Aさんのサイトが閉鎖に追い込まれた訳ですが、自分の行為を悪いとは思っていません。
私は記事を掲載するにあたって、さまざまな場合を想定し、かなり悩みました。影響力のないブログとはいえ、自分が書いて世に出したものには責任があります。まさかこんなに早く、という思いはありますが、サイト閉鎖も頭にありました。
けれど、それを「ああ、よかった」と喜ぶ気持ちには全くなれません。結局最後までAさんの「声」を聞くことができず、私は影を相手に訴えていたような空しさを感じます。
他人の表現物(文章や写真や絵など)の盗用が、なぜいけないのか。それは誰も得をしないからです。本人は何も得られず空しいだけだし、私自身も後味の悪さが残りました。
私は常々、ネットのオープンな性質には、ガチガチに著作権「保護」するより、皆が自由に使える状態にしておく方が、著作権法本来の目的に適うのではないか、と考えていました。でもそれと、他人の創作物を自分のものと偽るのとは違う、と思います。
自分の感じたことを、表現する。そうでなくて、自分のサイトをもつ意味があるのでしょうか。
偉そうに語っていますが、私の書いている文章自体、貧弱なものです。「書評」と銘打っていますが、後で読み返してみて、作品を理解していなかったものや、ボキャブラリーの乏しい稚拙な文章に赤面することも少なくありません。それでも、誤字・脱字を除いてできるだけ修正しないようにしています。
どんなに未熟でも、これは私の思考の過程だからです。書いているその時は、真剣に一冊の本と向き合って言葉を選んでいるつもりです。
作家が心血注いで書いた作品を、私は読者という立場で手軽に読むことができ、しかも好き勝手にレビューしています。でも、そこには分をわきまえるというか、敬意をもって接することを忘れてはいけないと思うのです。その書評を書くことまで楽をするなんて、もってのほかだと思うのです。
簡単に書くつもりが、長くなりました。
今回のことは、ブログの意味を考える、いいきっかけになりました。そして、ネット上の見えない相手に幻滅していた中、良識ある方々の存在を感じることができたのは大きかったです。この場を借りて、お礼申し上げます。



Aさんのサイトにいってみました
ほんとに全部消去なのですね
いさぎ良いけど、なんか納得いかないですね…
また違うところでブログでもやるのでしょうか…
なんか最後まで煮え切らない感じで
誇りというかプライドはないのでしょうかね
以前わたしのブログで、ある本の
装丁(表紙のイラスト)が内容にふさわしくない
というようなレビューを書いたのですが
たまたまそのイラストを書いた人が読んだらしく
今後の仕事に差し支えるので、内容を書き換えてくれ
というようなコメントをもらったことがあります
わたしも大人ですから(笑)
丁重に一個人の意見である事を前提に
無難な文章に書き換えました
はっきりいって本当は
なんてプロ意識のない人だろうか…と思ったのですがね
わたしみたいなたいして影響もないような者にまで
世間の目は向いてるんだと実感しました
たかがブログとあなどれないですね
とりあえず
解決したようですので
これからも頑張って書評を続けてくださいね
逃げ足速いですよね。
盗用した人すべてに謝罪したのか、と言いたいです。
私も納得はしていません。もっと追及することもできたでしょう。
でも、こんな姑息な真似をする人に関わる時間がもったいないです。
一応、このブログで意思は伝えられたかと。
ところで、読者の一意見を受け入れられないなんて、そのイラストレーターさん、度量が狭いですね。
『ウェブ進化論』の梅田望夫さんは、自分の本のレビューを書いたサイトは、どんな小さなブログでも全部読むそうです。
批判を含めて、ダイレクトに反応が見ることができるのがウェブの良いところなのだとか。
>たかがブログとあなどれないですね
本当にその通りだと思います。
こんな離れ小島のようなブログにも、一度、著者本人からコメントがきたことがあって驚いたのを覚えています。
作家と読者の関係も変わってきているのかもしれません。
あたたかい言葉、ありがとうございます。
本当に嬉しかったです。
コメント後、ずっと経緯を拝見させていただいておりました。
私自身も当事者でないにしても、不愉快な気分にさせられました。
>けれど、それを「ああ、よかった」と喜ぶ気持ちには全くなれません。結局最後までAさんの「声」を聞くことができず、私は影を相手に訴えていたような空しさを感じます。
この、コメントに、ぐらさんの真摯なお気持ちを感じ、
同様な意見です。
>そして、ネット上の見えない相手に幻滅していた中、良識ある方々の存在を感じることができたのは大きかったです。この場を借りて、お礼申し上げます。
そして、不愉快な出来事でありましたが、
この文言のとおり、良識を感じ、
救われた気持ちにもなりました。
今回のこの記事には深く感動させられ、
考えさせらました。
私も、拙いブログを書いていますが、
ブログの責任も痛感させられました。
ありがとうございました。
気にかけてくださって、ありがとうございます。
当たり前ですが、いろいろな人間がいるんだなと改めて感じました。
「ネットの世界ってなんでもあり?」と、やや悲観的になっていたので、頂いたコメントは嬉しかったです。
何を熱く語っているんだ!的な記事ですよね。
多分しばらくして読み返すと、恥ずかしくてたまらないと思います。