『野性の呼び声』ジャック・ロンドン

野性の呼び声 (光文社古典新訳文庫)ゴールド・ラッシュに沸くアラスカでは、通信手段として犬橇が用いられていた。カリフォルニアの屋敷で何不自由なく暮らしていた大型犬バックは、使用人の裏切りによって極北の大地で橇犬にさせられる。
本書は、弱肉強食の厳しい世界に突然放り込まれた一匹の犬が、恵まれた体躯と知恵でたくましく生き抜いていく物語である。

血が騒ぐ、とでもいうのだろうか。
ペットに過ぎなかったバックは、過酷な世界で闘い、生き延びるうちに、次第に野性味を帯びるようになっていく。鞭と棍棒で人間に使われようとも、心まで屈服しない。強く誇り高いその姿は、いわば犬版・ハードボイルド小説といったところ。
人間の常識に動物をはめ込むのではなく、「棍棒と牙の掟」という独特の道徳の中で生きる姿をありのままに描いているところに好感がもてる。ここに甘さはない。隙を見せれば最期、命はないのだから。時には目を覆いたくなるような暴力的な場面もある。作者は一切容赦することなく、バックたちのいる世界の厳しさを硬質な文体で描き出している。

本書は7章からなるのだが、章ごとに山場が用意されているのが凄い。
例えば、ボスの座を巡って、バックと一匹の犬が死闘を繰り広げる壮絶な場面がある。普通ならクライマックスになりそうな場面ですら、まだ前半の一コマに過ぎないのだ。しかも、描かれているエピソードの一つ一つが濃い。中でも、死病に侵された犬が必死で橇を引こうとする場面には、涙が出そうになった。

生存のための非情な闘いのなかでは、徳義心などは所詮、無益なものであり、障害にしかならない。(P.48)」との言葉どおり、徹底的に甘さを排した作品であるが、ジョン・ソーントンという一人の男を登場させたところに作者の優しさを感じずにはいられない。
力が支配する世界で、強い信頼で結ばれたバックとソーントンの主従関係はひときわ輝きを放っている。まるで砂漠に咲いた一輪の花のように。暴力に彩られているのに読後感が悪くないのは、それでも存在する愛情に気づかされるからではないだろうか。

ちなみに、原題は「THE CALL OF THE WILD」で、「荒野の呼び声」とも「野生の呼び声」とも訳されている。ただ、バックを呼ぶ声は、北の大地や他の動物からではなく、自分の内部から聞こえてきたのだと思う。だから、「野性」とした本書の訳の方がふさわしいだろう。[Amazon]

アメリカ:深町眞理子・翻訳

The Call of the Wild
Jack London
The Call of the Wild (Aladdin Classics)

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