『リビアの小さな赤い実』ヒシャーム・マタール

リビアの小さな赤い実本書は、リビアの特殊な政治体制の下で翻弄される人々や家族の姿を、9歳の少年の視点で描いた作品である。
最近までアメリカが「テロ支援国家」のリストに挙げていた国・リビア。政権に異を唱える者が次々と消えていく様子を、本書では「塩が水にとけるみたいに」と表現していて、ぞっとした。作者の父親も、リビアの秘密警察に拉致・拷問され、いまだその消息が分かっていないという。

自伝的要素の強い本書は、数多くの賞を受賞するなど、欧米で高い評価を受けている。ネットで見ても、海外では絶賛の嵐。
確かに、現在から過去へと思いを向ける美しい書き出しから始まり、リビア・トリポリで過ごした少年のひと夏を情緒豊かに描き出す筆力は、素晴らしいものがある。また、精神不安定な母親を守ろうとする優しさや、徐々に忍び寄る恐怖に押しつぶされ、自分の中の残虐性と向き合っていく主人公の内面も丹念に綴られている。
静謐な文体で人間の内面を深く掘り下げていく作品は、私好みである。しかし、この作品は合わない。

物語は、主人公が少年時代を回想する形で描かれている。大人になった主人公は、失ったものが自分にとってかけがえのないものだったと気づき、過去を追想せずにはいられない。それが、辛く悲しい記憶を呼び覚ますことになるにもかかわらず。決して埋めることのできない空虚さを抱えた主人公の姿が、切なく胸に響く。
…のだが、この後ろ向きの姿勢には、正直うんざりさせられた。進めど進めど出口の見えない薄暗い世界にいるような、閉塞感を感じてしまう。ここは、後悔と罪悪感で埋め尽くされているのだ。

政治的弾圧に怯える人々の姿を描いているが、物語の中心は、家族、とりわけ主人公と彼の母親の関係にあると思う。14才で無理矢理結婚させられ身ごもった母は、夜な夜な息子に恨み節を語って聴かせる。そんな母を苦しみから救い出すことを夢想する主人公。アラブ社会特有の事情を考慮しても、環境や他人に責任転嫁する母に影響を受けた子どもは不幸である。
愛情で結ばれているものの、この母子の関係は依存的・閉鎖的なのだ。これが、この作品に、救いのなさを抱かせるのかもしれない。だからラストには、何の希望も感じられなかった。作者はいま幸せなのだろうか、と余計な心配までしてしまった。個人的には、同じように父親が捕らわれた、主人公の親友・カリームの人生の方に興味がある。[Amazon]

イギリス:金原瑞人・翻訳

In the Country of Men
Hisham Matar
In the Country of Men

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