『獣の奏者(闘蛇編・王獣編)』上橋菜穂子

獣の奏者 I 闘蛇編獣の奏者 II 王獣編上橋菜穂子さんの作品は、「孤高」という言葉がよく似合う。
「守り人」シリーズの女用心棒・バルサ然り、『狐笛のかなた』の霊狐・野火然り、彼らは他人と分かち合うことのできないものを背負いながら、一人生きる。他人と群れず、自らの使命を果たすその姿は、気高く美しい。「孤独」だと湿っぽいが、「孤高」には全てを引き受ける強さがある。

ここにも、孤高の少女が一人。
10歳の少女・エリンが暮らすリョザ神王国は、「王獣」に乗って降臨し神の名の元に国を治める王一族と、戦闘用の獣・「闘蛇」を操って国防一切を司る大公一族から成り立っている。大公は王の臣下でありながら、実質的に権力を握る存在。神王と大公の関係は、天皇と武士のそれに近い。
育てていた闘蛇を死なせた咎で母が処刑されてしまい、孤児となったエリンは、養蜂を生業とするジョウンに助けられ、一緒に暮らすことに。そこで野生の王獣を見たことがきっかけで、王獣の医術師となるべく王獣保護場の学舎で学び始める。ある日、怪我をした幼獣が学舎に運び込まれ、エリンが世話を任される。試行錯誤しながら飼育していく内に、エリンは王獣と闘蛇に隠された秘密に気づき、否応なく王国の政治に巻き込まれていくことになる。

このエリンという少女が、韓国ドラマの主人公・チャングムに重なって仕方がなかった。幼い頃に母と死別し(それも殺される)、他人に育てられる身の上が同じだし、聡明で意志の強いところも似ている。
エリンは自分の頭で考え、ものごとの本質を見極めようとする。その思考法が、極めて論理的なのだ。本書はファンタジーだが、ここで描かれているのは生命科学や獣医学・薬学といった分野なので、SFの範疇にも入るのではないだろうか。

この作品は、争うことの無益さや人間の愚かさ、命の尊さや学ぶ意義など、さまざまなテーマを含んだ物語である。いくらでも深読みできるだろうが、やはりメインはエリンと王獣の交流にあるだろう。
この世に在るものが、なぜそのように在るのかを知りたい―。その答えを探し求めて、決して人に馴れることのない獣と心を通い合わせようとするエリン。人と獣の間にそびえる壁に何度もくじけながら、相手にぶつかっていく姿が胸を打つ。思うようにならない獣相手だからこそ、いっそうラストに心揺さぶられてしまうのだ。

読む時は、〈闘蛇編〉〈王獣編〉の二冊を先に用意しておくことを、強くおすすめする。一気読みすること間違いなし、の作品なのだ。
ただ難を言えば、この「獣の奏者」は、三部作にした方が良かったのではないか。〈闘蛇編〉に引き込まれてすぐさま〈王獣編〉に移るのだが、この巻はテンポが速すぎて味わいが足りない。ある場面から次の場面までの展開に余裕をもたせてほしかった。
また、エリン以外の登場人物の描写が断片的で他との繋がりが弱いので、プツプツ切れるような印象を受ける。特に、護衛士・イアルとの関係は、引っ張る割には中途半端だ。
これほど奥行きのある物語なのだから、もっとじっくり描いてほしかったな、と少し残念に思う。
ところで、〈闘蛇編〉〈王獣編〉の二冊を並べて気づいたのだが、カバー絵は、飛んでいる王獣の影が浮かび上がるようになっている。そんなちょっとした工夫も、心憎い。[Amazon]

  1. 獣の奏者

    獣の奏者 I 闘蛇編獣の奏者 II 王獣編(2006/11/21)上橋 菜穂子
    この記事を書くために、本の画像を並べてみて、初めて表紙の王獣の影がつながることに気がつきました……。遅すぎ……。

  2. こちらからもTBさせていただきましたー。
    お母さんが無実の罪で処刑されていたり、聡明で、観察力、洞察力、そして論理的思考に長けていて……って、言われてみて、なるほど、と思いました。
    まるきりチャングムですねぇ。

    • ぐら
    • 2007年 11月7日 8:20pm

    コメント・TB、ありがとうございます。
    一度チャングムに見えてしまうと、なかなか追い払えなくて。
    この作品を読んでる間、ずっとテーマ曲がリフレインしてました。

  3. 獣の奏者(上橋菜穂子著 講談社)

    獣の奏者
    I 闘蛇編
    上橋 菜穂子
    獣の奏者
    II 王獣編
    上橋 菜穂子
    オススメ度 ★★★★☆。
    (I 闘蛇編 出版社/著者からの内容紹介)
    上橋菜穂子待望の長編ファンタジー
    けっして人に馴れず、また馴らしてもいけない獣とともに生きる、宿命の少女・エリン。母…

  4. コメント、トラックバック、ありがとうございました。
    返信遅くなってすみません。
    「もっとすごいもの」は、再読して感想を書いた時点でお知らせします。今月中にブログに感想を書けると思います。

    • ぐら
    • 2008年 5月7日 9:53pm

    わざわざありがとうございます。
    真理子さんのレビュー、楽しみにしてますね。

  5. 闇の左手 (ハヤカワ文庫 SF (252))

    内容紹介
    遥かなる過去に放棄された人類の植民地、雪と氷に閉ざされた惑星ゲセン。と呼ばれているこの惑星では、人類の末裔が全銀河に類をみない特異な両性具有の社会を形成していた。この惑星と外交関係をひらくべくやってきた人類の同盟エクーメンの使節ゲンリー・アイ…

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