『フィレンツェ幻書行』ロバート・ヘレンガ
製本の先生に薦められて読んだ一冊。
この作品は、1966年11月に起こったフィレンツェ大洪水と、被害を受けた書物や絵画などの芸術作品を救うため、世界中から終結したボランティアのエピソードが背景になっている。
以前、水浸しになった本の写真を見たことがあるが、ひどい有り様だった。紙が水に濡れるとどんな状態になるか、だいたい想像できると思う。表紙は痛み、ページは膨張してところどころ破れている。修復後の写真も見たが、元通りとはいえないまでも、あの状態がよくここまで、というくらい見事に修復されていた。そこからは、修復家たちの執念がひしひしと伝わってきた。
本書の主人公も、そんな修復家の一人。
アメリカの図書館の蔵書管理員として働くマーゴットは、周囲の反対を押し切ってフィレンツェ行きを決意する。その理由には、本を救うためだけでなく、「ここではないどこか」へ行きたいという現実逃避の一面がある。母親の病気でハーヴァード大学進学を断念し、思い描いていた未来を得られなかった主人公の心は満たされていないのだ。
自分には別の道、違う未来があったのではないか―。ふとした瞬間に、そんな疑問が心をよぎったことはないだろうか。この29歳という年齢設定も心憎い。人並みに恋愛をし、仕事も覚えた大人の女性の心の内を、作者は丹念に描き出している。
マーゴットはやがて、妻のいる美術品の修復家と恋に落ちる。このあたりがロマンス小説の粋を出ておらず、不満の残るところ。また、彼女が親しくなった男性とすぐベッド・インする手軽さは、理解しがたい。小説の中の世界にケチをつけるのは不毛だが、本書を読んだ世の女性が、幻想を抱いて軽率な行動に及ばないことを祈るばかりである。
物語に動きが出るのは、マーゴットが宿泊先の女子修道院で、ルネッサンス期に禁書扱いされた「16の快楽」という書物(日本でいえば、春画)を見つけるところから。世界に一冊しかない貴書をめぐって繰り広げられる攻防は、なかなかおもしろい。
自分の居場所を見つけられず悶々としていたマーゴットは、この本を通して人生を見つめ直し、次第に強く確固とした自分を作り上げていく。全体的に無駄な描写が多く(薀蓄として読めば楽しいが)緩慢で、語り手が突然入れ替わる構成にまとまりはないが、ラストの一文は素晴らしい。最初と最後でマーゴットの変化がよく分かり、すがすがしい読後感を残すのだ。
修復は、過去と未来を結びつける作業である。本の修復と同じように、主人公は過去を振り返りながら、やがて未来に目を向けるようになっていく。本と人生の修復が重ね合わさる描き方は巧い。
本書は作者の長編デビュー作であるが、完成度は高いといえない。ただし、絵画・本の修復や古書に興味のある人にはおすすめの一冊である。芸術品を修復する描写はディテールに富んでいて、読み応えがある。その点で、評価は高めにした。
最後にひとつ。
原題の「THE SIXTEEN PLEASURES」を「フィレンツェ幻書行」とした訳者の方に拍手を送りたい。作品が醸し出す雰囲気を、見事に表現したタイトルである。[Amazon]
アメリカ:村井智之・翻訳
The Sixteen Pleasures
Robert Hellenga




原題の「THE SIXTEEN PLEASURES」の意味が知りたいですね。
先ほど図書館の本を取り寄せしました。
手に入ったら….読みます。
ありがとうございました。
う~ん、小説としてはちょっと…というところですね。
ただ、蔵書修復を描いた小説は少ないので、その点は評価できます。
フィレンツェ大洪水時の様子も、よく分かります。
「THE SIXTEEN PLEASURES」は、主人公が修道院で見つけた猥褻本のタイトル・「16の快楽」のことです。
「16の快楽」だったら、この本、手に取らなかったかも…。
「この作品、映画化の話がずっと前からあるんだけど、どうなったんでしょうねぇ」という製本の先生の言葉に笑いました。
本当、どうなったんでしょう?