『魔法の声』コルネーリア・フンケ
『ルリユールおじさん』、『フィレンツェ幻書行』と、蔵書修復に関する本を続けて読んでいたら、「そういえば、あれも・・・」と思い出して久しぶりに再読した一冊。
主人公は、12歳の少女・メギー。彼女の父親は、本の修繕を仕事にしており、本の収集家や古本屋、図書館などから依頼を受けて出向いていく。
物語は、主人公の父親(通称・モー)が持つ、ある不思議な力をめぐって繰り広げられる。
まず、書物を読みあげると物語の登場人物が現実の世界に飛び出してくる、という発想がおもしろい。本を読んでいると、物語の世界に行きたいと思うことがあるが、向こうからこちらへやってくるのだから。
ただ、終始こちら側の世界を舞台にしたところに、本書の限界があるともいえる。
モーの朗読によって『闇の心』という本から呼び出された、“カプリコーン”率いる悪の一味。最初のうち戸惑っていた彼らは、数年経つとすっかりこちらの世界に馴染んでしまう。村人を脅し、略奪を繰り返す姿は、ただのチンピラと変わらない。作者がカプリコーンの邪悪さを説明するために言葉を重ねようとも、陳腐さは否めない。文章力に引き込まれるものの、ファンタジーを読んだ時の、あのワクワクする感じが湧き上がってこないのだ。
本書は600ページを超すボリュームのある作品だが、無駄な描写も多く、それが冗長な印象を与える。反対に、メギーの能力がなぜ突然芽生えたのか、メギーの母親がどう過ごしていたか、といった一番知りたいところがあっさり書かれており、不満が残る。
また、名作童話からも次々と登場人物が呼び出されてくるのだが、これが活かされていない。能力を証明するために必要なのかもしれないが、せっかく登場してこんな扱い?と、腑に落ちないものがあった。
と、さんざんケチをつけたが、それでもこの作品は優れた児童書であると思う。
本書は、「文字の力」と「言葉の力」、ひいては「本の力」をテーマにしている。ここには、文字で書かれた書物は、単なる娯楽に留まらず、現実の世界も変える力を持つ、という祈りにも似たメッセージが込められている。
フンケの根本にある、本に対する絶大な信頼。そして、読書の魅力を子どもたちに知ってもらいたいという願い。そんな思いがまっすぐに届いてくる。ストレートすぎる感はあるが、本を愛する作者の熱意が伝わる一冊である。厚めの本だが、読書が苦手な子どもにこそ、読んでほしいと思う。[Amazon]



こんにちは。
「お母さんが読んだら、あげるよ。」と、息子に買った本です。久しぶりに、夢中になって読みました。面白かった~!!
でも、あんなに苦労して、苦労して、やっとお母さんに会えたのに、ずいぶんあっさりした再会だったなあというのは、私も思いました。
でも、本の物語の中に入ったり、中から登場人物がでてきたりするのは、とってもスリリングで興奮しました。ネバーエンディングストーリを思い出しました。
そうそう、私も『はてしない物語』を読んだときの興奮を思い出しました。
現実から離れて、ひょいっと物語の世界に入り込めるところがいいですよね。
挿絵も素敵なのが、気に入っています。
続編の『魔法の文字』はもっとおもしろくて、早く最終巻が出ないかなぁ、と待っているところです。
「魔法の文字」も、読みました。
「魔法の声」を上回る面白さでした。
”ええ~っ、続いてる・・・。ど、どうなるの・・・。”
本屋に行く度に、チェックしています。
「魔法の文字」と同じころに読んだ
「シャープ・ノース 少女ミラ、漂流する15歳」(パトリック・ケイヴ)という本も、”ええっ、殺生な!!”というところで終わっていて、続編は、まだ出ていないのです。
こちらの本の情報はご存じないですか?どちらも気になって仕方ありません。
そのうち、ハリーポッター(予約済)が発売されて、そちらに気をとられるのかな。
気になりますよね~。
ファンタジーって続きものが多いのが悩ましいところです。
何作もかけもちして読んでいるから、内容を忘れそうで・・・。
『シャープ・ノース 少女ミラ、漂流する15歳』、はじめて知りました。
本の紹介文をちょっと見ただけで、読みたくてたまりません。
でも、続編待ちか~。むむ、迷います。