『魔法の文字』コルネーリア・フンケ

魔法の文字本書は、『魔法の声』の続編となる。
フンケが『魔法の声』を書いた時は、三部作にするつもりはなかったという。事実、『魔法の声』一冊で物語は完結している。しかし、第二作目となる本書を読むと、前作は序章に過ぎなかったと思えてくる。物語に深みと奥行きがあるぶん、本書の方が楽しめた。
前作のレビューで私は、終始こちら側の世界で物語が展開するところに限界がある、と書いたが、そんな批判を予想していたかのように、今回は「闇の心」の物語の世界が舞台となっている。

新装版 魔法の声カプリコーン一味を倒し、平穏な日々を過ごしていたメギー一家。一方、ホコリ指は、メギーやモーと同じ能力の持ち主の力を借りて元の世界へ帰っていく。そんなホコリ指に忍び寄る不穏な影。ファリッドに助けを求められたメギーは、ホコリ指に危険が迫っていることを伝えるため、自ら物語の世界へ入っていく。
今回、ホコリ指は主役級の扱いである。
なぜあれほど、元いた世界に帰りたがったのか。その理由が、本書で明かされる。郷に入れば郷に従えで、諦めてこちら側の世界に順応すればいいのにと思っていたが、読んで納得した。戻った世界では水を得た魚のように、芸人としても、一人の男としても生き生きしている。もしかしたら、作者は登場人物の中でホコリが一番好きなのかもしれない。

また、前作で物語の世界に消えてしまったフェノグリオが、本書で再登場する。「闇の心」の秩序を取り戻すために新たな物語を紡ぎ出すものの、次第に言葉は独り歩きし始め、作者の思惑から離れていく。
前作で繰り返し訴えられた「文字の力」「言葉の力」は、本書で一段と重みをもって迫ってくる。
それは、受け取る側だけでなく作者もまた、言葉と真摯に向き合わなければいけない、ということ。軽々しく言葉を扱えば、いつかしっぺ返しを食らう。これは、書き手のフンケが自分への戒めとして心に留めていることなのかもしれない。
私の好きな言葉に、「言葉とは、心の思いを響かせて声を顕すことをいう」というのがあるが、どれだけ美辞麗句で飾り立てようとも、心が込められていない言葉は現実を変える力はないのだと思う。

メギーは今でも、そんなに言葉を信じているのか。ファリッドが信じるのは、別のものだった。自分のナイフ、勇気と知恵、そして身近な人を大切に思う気持ち。(P.540)>

単純思考のファリッドの方が、本質を突いているのではないだろうか。
この『魔法の声』三部作(三作目はいつ出るのだろう?)は、映画化が決まっている。
児童ファンタジーを安易に映画化する問題は置いといて、作るなら、朗読で物語の世界から呼び出される場面を効果的に撮ってほしいものだ。一番の見せ場であるのに、本ではこの描写が弱い。
あと、これは翻訳サイドの問題なのだろうが、モーの言葉づかいが時々おじいさん口調に変わるのが非常に気になった。修正を望む。[Amazon]

  1. コメントはまだありません。

  1. トラックバックはまだありません。