『歩く』ルイス・サッカー

歩く穴 (ユースセレクション)『穴』のスピンオフ作品。
完全に独立した物語なので、『穴』を未読の人も楽しめる。もっとも、本書を手に取るのは、既に『穴』の魅力にどっぷりはまってしまった人がほとんどだろう。
登場するのは、アームピット(脇の下)とX・レイ(X線)。グリーン・レイク・キャンプを出たアームピットは、造園会社でバイトをしながら、高校を卒業するため日々勉学に励んでいる。隣に住むジニーという脳性麻痺の女の子とは、何でも話せる間柄だ。
そんなある日、X・レイがうまい儲け話を持ち込んできたことから、運命の歯車が回り始める。

この作品の原題は、「Small Steps」。
アームピットがカウンセラーから受けた助言―「小さな一歩を根気強く積み重ねて、ひたすら前に進むこと。もし大股で一気に進もうとしたら、流れに足元をすくわれて下流に押しもどされるわよ。」―とのメッセージが込められている。それを「歩く」と訳したのは、なるほど、うまい。
ところで、今回、幸田敦子さんから金原・西田さんへと翻訳者が変わっている。
それに伴う大きな訳の違いは、登場人物の名前。とりわけ、「X線」で親しんだ身としては、「X・レイ」になったことに違和感があった。
なぜ、わざわざユーモラスな名前を変えたのか不思議に思っていたのだが、240ページで「X・レイ」の由来を彼自身が説明する場面が出てきて、ようやく腑に落ちた。幸田さんは意味を、金原さん・西田さんは綴り(および音の響き)を優先したのではないか。「脇の下」を「アームピット」にしたのも、X・レイに合わせたのだろう。このあたり、日本語に置き換えることの難しさを感じられて、おもしろい。

子どもの頃よく遊んだすごろくで、私の一番好きなマス目は、「ワープする」だった。ひとコマずつ進んでいる周りのプレイヤーを尻目に、一気に前へ行くのが快感だったのだ。
けれど、人生にワープはない。あるとすれば、それは危険と隣り合わせで、待ち受けているのは束の間の幸せか、破滅でしかないだろう。
ひとっ跳びで先へ進みたい誘惑に駆られる時がある。一生懸命努力しても、遅々として現実が好転しない時なんかは特に。焦らず、自分のペースで着実に歩いていく。そんな単純なことが、本当は一番難しくて大事なことなのかもしれない。
『穴』のように伏線を読み解くおもしろさはなく、物語としてはベタな展開であるが、健気に生きる子どもたちの姿が心を打つ青春小説である。[Amazon]

アメリカ:金原瑞人/西田登・翻訳

Small Steps
Louis Sachar
Small Steps

  1. コメントとリンクありがとうございます。
    すごろくの「ワープする」は、思わず膝を打ちました。
    アームピットが「ワープする」に当たったらどんな顔するんでしょうね。
    苦笑いしながらワープするのかな。想像すると楽しいです。
    ぐらさんのサイトもたくさんYAが紹介されているんですね。
    「魔使いの弟子」や重松清さんの本などいろいろ読んでみたくなりました。

    • ぐら
    • 2007年 10月29日 8:04pm

    こちらこそ、ありがとうございました。
    この作品、あまり評判がよくないようですが、これはこれで結構良いと思うんですよね。
    アームピットとジニーの関係や、「small steps」の大切さなど、心に沁み入りました。
    YA本が好きなんですけど、紹介している媒体がまだ少ないので、海外のサイトまで徘徊しています(英語、弱いのに)。
    なにかおもしろい本があれば、是非、教えてください。
    実は、mokuriさんのレビューを見て、ロバート・ウェストールを初期作品から読み直したくて、うずうずしています。
    いまは新刊のファンタジーに足を取られている状態なのですが、少し昔の作品をじっくり読んでいこうかと思っています。

  1. トラックバックはまだありません。