『西遊記(上・下)』平岩弓枝

ご存知、三蔵法師が弟子の孫悟空、猪八戒、沙悟浄とともに、唐の都・長安から天竺へ経典を求めて旅する物語である。
子ども向けではなく、一度しっかり西遊記を読んでみたいと思っていたところ、平岩版が出たので喜んで手を伸ばした。もっとも、かわいい挿絵に惹かれたのが一番の理由だけど。物語自体おもしろいとはいえ、この挿絵がなければ、上下二段組で900ページ近くある作品を難なく読み進められなかったかもしれない。
西遊記といえば、悟空たちが次々と現れる妖怪をばったばったとやっつけていく痛快・冒険譚、というイメージが強い。「妖怪を倒す=殺す」とばかり思っていたので、ごく一部を除いて妖怪たちが死なないのは、意外だった。
なにより、妖怪が単純に「悪」と決めつけられない面を持っているのが、この作品の特徴といえる。やむにやまれぬ理由があって妖怪の身に落ちた者、自分と仲間を守るために人間に歯向かう者、育った環境が悪くてひねくれた者など、ここに登場する妖怪たちは、弱さや迷いを持ち合わせた、実に人間的な存在なのだ。
もとより退治する悟空たちも、各々過ちを犯して天界から追放された身である。師匠の三蔵とて、最初のうちは弟子を信じ切れず、自分の不徳を嘆いてばかりいる。
これまでずっと、妖怪の存在は、当時の唐から天竺までの道のりの厳しさを現しているのだと思っていた。だが、悟空たちの成長物語として描かれた本書を読むと、また違った景色が見えてくる。
思うに、妖怪を倒すことで三蔵一行は、己の弱さや不信の心をひとつひとつ打ち破っていったのではないか。妖怪はいわば、彼らを映し出す鏡である。妖怪と向き合うことで、彼らは本当に倒すべき敵が自分の中にあることに気づくのだ。妖怪の存在は、忌むべき敵ではなく、悟りの境地に至るための必要条件なのではないだろうか。
「およそ、人とは弱いものでございます。弱さ故に罪を犯し、苦しみ、悩み、傷つく。大切なのは、罪を悔悟し、乗り越えて行く強さでございましょう。」(上巻P.384)
生きとし生けるものすべてに等しく慈愛の目が注がれた物語は、この一文に集約されていると思う。
ちなみにこの平岩版は、悟空が五行山の下に五百年間閉じ込められるまでの有名なエピソードを大胆に削り、師弟の絆に重点を置いて描いている。キャラクターの個性が光る本書に不満はないが、こうなると俄然、岩波文庫も読みたくなってくる。[Amazon]




これは、新聞で連載されていたものですね。連載されているのはしっていましたが、読んだことはありませんでした。そうか!妖怪が死ななかったのですね、良かった。
西遊記は色々な人のバージョンがあっておもしろいですよね。先ほどこの本、図書館で借りるように予約しました。
ありがとうございました。
(昔、邱 永漢さんのバージョンを読みましたが、経済的な解釈があって面白かったです。)
とてもよかったです。
やさしくて、あたたかくて。
悟空がいじらしいんです。
妖怪たちもいろんな事情を抱えていて、一概に悪者とは言えなくて。
平岩さんは、見事に西遊記を再構成されたと思います。
邱永漢さんバージョンは知りませんでした。
経済的な解釈とは、おもしろそうですね。
それにしても、西遊記って長い・・・。