『宇宙のかたすみ』アン・M・マーティン

宇宙のかたすみこの作品は好きで、折に触れて読み返す。
設定もストーリー展開もごくありふれたものなのに、「宇宙のすみっこをめくってみる」というフレーズが出てくると、一瞬にして輝きを放つから不思議である。

内気な少女・ハッティと、自閉症の叔父・アダム。
本書は、この二人のどちらに目を向けるかで、ガラリと印象を変える。「勇気を出して外の世界に踏み出した少女の物語」の美しさか、「周囲の理解を得られず、疎外感を味わう男の物語」の残酷さか。多分、その両方なのだろう。そしてそれは、ハッティやアダム、私たちの生きるこの世界の姿を映し出しているのだろう。「宇宙のすみっこ(または、かたすみ)」という言葉に引きつけられてしまうのは、そこに勇気を持つことの大切さだけでなく、疎外感に苦しむ心の痛みが込められているからだと思う。

『世界の中心で、愛をさけぶ』という小説が一大ブームを巻き起こしたのは、記憶に新しい。
けれど、人は孤独や絶望の最中にあるとき、「世界の中心で」叫んだりしない。そんな時は、自分が周囲から孤立し、世界の果てに追いやられ、どこにも属していないように感じるものだ。本書のハッティやアダムのように、「自分がいる宇宙の小さなかたすみ以外には」自分の存在する場所はない、と思うものだ。苦しければ苦しいほど、孤独が深ければ深いほど、そんなかたすみからでも叫ばずにはいられない。私はここにいる。精一杯生きているんだ、と。

人の世はなんて生きにくいのだろう。一人きりで生きていければ、どんなに楽だろう。そもそも、自分が「宇宙のすみっこ」にいる感覚というのは、自分以外の誰かがいて、人間社会の中で暮らしていなければ沸き起こってこない。自分一人だけの世界に、中心もすみっこもないのだから。
世界はあらゆる醜いものに溢れている。とりわけ、嫉妬や偏見など、人の心の醜さに。しかし、それと同じくらい美しいものや喜びもたくさんあるのだ。ハッティが、リーラという友だちに出会ったように。アダムの笑顔が、周りの人を幸せにさせたように。
ひとりひとり違っていることが素晴らしい、という価値観が広がれば、世界はもっと美しくなるのではないか。そう思わずにはいられない。[Amazon]

アメリカ:金原瑞人/中村浩美・翻訳
A Corner of the Universe
Ann M. Martin
A Corner of the Universe

  1. コメントはまだありません。

  1. トラックバックはまだありません。