『アイスマーク 赤き王女の剣』スチュアート・ヒル

アイスマーク―赤き王女の剣児童ファンタジー本が、どんどん厚く、重くなっている。
あれは東野圭吾さんの短篇だっただろうか、売れる本を作るために出版社や作家が本の分量を競うようになり、最後は鉄板を仕込んで文字通り「重い」本に仕立てた、という笑えない物語があったが、最近の児童書をみると、小説の世界だけではない気がしてくる。ここまでくると、読書=筋トレ状態である。特に、このソニー・マガジンズの翻訳ファンタジーは一冊の分量が半端じゃない。児童書なのに、子どもに優しくない本である。

物語の舞台は、北の小国・アイスマーク。その王女・14歳のシリンが主人公である。南の大帝国・ポリポントゥス侵攻の知らせを受けたシリンは、これまで敵だった北方のウェアウルフ族やヴァンパイア族、ユキヒョウ族たちと同盟を結んで対抗しようとする。
まず、舞台設定が魅力的である。ページをめくると雪と氷で覆われた北国の白い情景が目の前に広がってくる。14歳という若さで、国と民を守る重圧に耐える主人公のシリン。そんな孤独な胸の内も丁寧に描かれている。伝説のユキヒョウのキャラクターもいい。その美しい外見だけでなく、誇り高い姿に引きつけられる。作品のイメージをうまく表現している装丁も素晴らしい。
と、良いところは認めた上で、不満な点を挙げていく。以下、ネタバレありなので、ご注意を。

1.作品の長さについて
本書は560ページ近くあるが、はっきり言ってこれだけの分量はいらない。無駄な描写が多く、ごっそり削れるところがいくつかある。この半分のページ数でもいいのではないか。

2.ストーリーについて
あらすじを書くと、ほとんど紹介したのも同じ作品である。34章からなる物語の目次に目を通せばどんな内容か(結末も)あらかた分かってしまう、「予想を裏切らない」展開なのだ。「味方を求めて旅に出る」という内容が、物語の一場面ならいい。だが、これが長々と続くと、読んでいくのはキツイものがある。ヨーロッパの神話や歴史を下敷きにしたエピソードが随所に出てくるが、塩野七生さんの『ローマ人の物語』の方が読んでいておもしろい。

3.なぜ、ウェアウルフ(人狼)はシリンに恩義を感じるのか?
物語の出発点であるこのことが、一番納得いかない。殺されそうになったウェアウルフがシリンの一声で助かったから、となっているが、それより先に命を助けられたのはシリンの方である。シリンが恩に報いるのならまだしも、なぜウェアウルフが忠義を尽くさねばならないのか?
この作品には、人間と異形のものとの隔たりを取り払う、というテーマもあるのだが、これでは獣より人間の方が優位と受け取れてしまう。百歩譲って、シリンに力を貸したくなるほどの徳があったとしても、仁義を感じるのはおかしい。

4.同盟を結ぶ経緯について
シリンは、強国・ポリポントゥスに対抗するため、北の国々と同盟を結んでいく。一筋縄ではいかない相手を味方にする難しい任務で、ここが本書の見せ場のひとつといえる。
だが、宿敵だった相手はあっさりと味方になり、肩透かしを食らう。あれは外交ではなく、単に勢い(もしくは気合い)で乗り切っただけに過ぎない。

5.キャラクターについて
ユキヒョウの存在が魅力的と前述したが、本書には他に、魔法使いやヴァンパイア、オーク・ヒイラギ族、ゾンビといった人ならぬものも登場する。まるでファンタジーのオール・スターズ。ただ、こういったキャラクターも食傷気味だ。たくさん出せばいいというものでもない。
また、ラストで見せた彼らの強さを考えると、アイスマークと同盟を結ぶ必要があったのか、はなはだ疑問である。

6.児童ファンタジーの映画化について
映像がぱっと頭に浮かんでくる描写だな、と思いながら読んでいると、やはりこの作品、映画化が決まっているとのこと。いまや、上映作品に児童ファンタジーが入っているのが当たり前の時代になった。映画を観たくなる読者の心理を突いた映画会社の戦略だと分かっていても、つい足を運んでしまうのが弱いところ。
だが、CGを多用した映画にはもう飽き飽きだ。作家は映像がイメージしやすい物語を創作し、その権利を出版社や映画会社が買い取り、おもちゃ会社がグッズ販売する。そんな図式があって、ひとつの物語がベルトコンベアで流されていくように感じる。純粋に、良いファンタジーを読みたい、と切実に思う。

Blade of Fire (Icemark Chronicles)近年の児童ファンタジー出版ラッシュに関して不満が溜まっていたので、思いのほか、長くなってしまった。これでは本書の長さを批判できない。
「やっぱりファンタジーは欧米だ」という意見を、よく見聞きする。確かに、欧米、特にイギリスの児童書は質が高いものが多い。けれど、上橋菜穂子さんや萩原規子さんといった日本のファンタジーも、負けず劣らず素晴らしい。異世界の中に、しっかりとした思想やテーマが脈打っている。欧米作品の、ヒーローものや派手なアクションシーンや安易に二元化する思考に嫌気がさしているのは、私だけだろうか。このまま欧米系ファンタジーが『指輪物語』『ハリー・ポッター』の焼き直ししか生み出さないようなら、これからは、ファンタジーはアジアの時代になっていくのかもしれない。そんなことをぼんやりと思った。
ちなみにこの作品には第二巻・『Blade of Fire』があり、20年後が舞台だという。魔女の息子・オスカンの父親は何者なのだろうか。そこは、ちょっと気になる。[Amazon]

イギリス:金原瑞人/中村浩美・翻訳

The Cry of the Icemark (Icemark)
Stuart Hill
The Cry of the Icemark (Icemark)

    • ともよ
    • 2007年 12月28日 3:15pm

    この本ほんと面白くない・・・
    魅力的なところも多々あるけど、この分量と比べて
    中身がうすっぺらですよね。
    でももう大ずめなので早く終われ・・と思いながら
    読んでいます。
    守り人のあの世界観を知ってしまったら、
    敵をただ残虐無比な敵としてしか描かない描き方は
    物足りなく感じます。相手の義や魅力も、敵であっても
    描いた方がずっと重みのある話になると思う。
    それにもののけ姫のサンのようなヒロインという宣伝文句にものすごく期待していたら、全然違う・・
    けものと戦うという点のみが同じで、あとはただ傲慢で無神経なヒロインに見えます。。人物の内面描写が薄弱なので愛着がわかないです。
    あああ早く終われ・・
    ほんとに今何でも映画化ですよね。。それに映画化の権利を買い取ったというだけで現実に数年後に映画化されるのはその一部という気がします。

    • ぐら
    • 2008年 1月1日 3:24am

    コメントありがとうございます。
    PCが壊れていて返事が遅くなってしまい、申し訳ありません。
    正直、おもしろくなかった本のレビューは、載せるべきではないと思っています。義務で書いているわけではないので。
    でも、最近の翻訳ファンタジーってどうなの?という疑問もあって、長々と書いてしまいました。
    読書は個人的なものなので、決めつけることはできませんが、わたしとしては、時間とお金を費やして読む作品ではないと思っています。
    「もののけ姫」という触れ込みには、わたしも違和感があります。
    誇り高い姫や、人間と獣・自然との共存といった共通項はあるけど、まったく別モノですよね。
    あのコピーはかえって逆効果なんじゃないでしょうか。
    ともよさんの書いている、「敵をただ残虐無比な敵としてしか描かない描き方」というのは、わたしも感じたところで、主人公たちだけが勝手に盛り上がっているような気がしました。
    ファンタジーって、作者がさながら神となってひとつの世界を創りあげるものだから、ものすごい力のあるものだと思うんです。
    でも、最近の児童ファンタジー(特に西欧の作品)は、どれも似たり寄ったりで、小粒になってきている気がします。
    そこに脈打っている作者の思想が、浅いものに思えてしまいます。
    おもしろくて、ずっしりくる作品を読みたいですよね。

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