『ヴェニスの商人』ウィリアム・シェイクスピア

ヴェニスの商人 (光文社古典新訳文庫)恥ずかしながら、今まで『ヴェニスの商人』を読んだことがなかった。借金の担保として肉一ポンドを要求したユダヤ人の金貸しが、逆に証文に書かれた文言によって一杯食わされる、というあまりにも有名な戯曲だ。
一休さんのとんちのようなそのくだりのイメージが強くて、意地の悪い金貸しを懲らしめる話なのだと勘違いしていた。そんな私が本書を紐解いてみようと思ったのは、最近『ヴェニスの商人』の映画を観たからである。

主演は、アル・パチーノ。この映画のおもしろいところは、原作では脇役のひとりに過ぎないユダヤ人の金貸し・シャイロックを、主役にもってきているところだ。
劇中では、ユダヤ人がキリスト教徒の人々に虐げられていた当時の状況が生々しく映し出され、シャイロックがなぜ非人道的ともいえる無理難題を突きつけるに至ったのか、その胸の内を掘り下げていた。自然、観る者は、シャイロックに寄り添い、肩入れしてしまうことになる。娘はキリスト教徒の若者と駆け落ちし、覚悟をもって挑んだ裁判では敗れ、その上財産は没収、憎い相手に命乞いまでしなければならない彼の心中はいかばかりのものであったか。ラストシーンの、アル・パチーノの表情は、本当に素晴らしい。こちらの心も引き裂かれんばかりであった。

とはいえ、映画は原作を大胆にアレンジした演出に過ぎないのだろう、と思っていた。確かにこの作品は、バサーニオとポーシャの結婚を巡る物語が主旋律を奏で、そこにアントニオとの友情が描かれ、他の男女の恋模様なども入り混じって最後に大円団を迎える流れになっている。
けれど、シェイクスピアはけっして一方的・差別的な視点で描いているわけではない。それは、「ユダヤ人には、目がないのか。ユダヤ人には、手がないのか。」で始まる三幕一場のシャイロックの台詞から明らかだし、判決が下される場面も、手放しで喜べない面を孕んでいる(ここでもシャイロックの叫びが効いているのだ)。

さらに、父親が窮地に立たされている時に恋人とロマンチックに夜空を見上げる娘や、身ぐるみはがされたユダヤ人をよそに祝杯をあげる若者たちの姿といったちぐはぐな印象を受ける場面にも、シェイクスピアのシャイロックへの深い共感や、徹底した人間観察力、多様な視点を感じる。西欧人はこんな感覚だから、教会で慈善活動をしながら植民地政策を推し進められたのかな、と意地悪く思ってしまった。
良くも悪くも、人間というものをありのままに描いた作品である。[Amazon]

イギリス:安西徹雄・翻訳

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ヴェニスの商人

  1. 「ヴェニスの商人」 シェイクスピア

    ヴェニスの商人(the merchant of Venice) W・シェイクスピア W・Shakespeare 光文社古典新訳文庫 2007.6. シェイクスピア好きと公言しているものの、実は今まで読んだことのなかった戯曲。こんなに有名作なのにね。子供頃ラムの「シェイクスピア物語」を読んだときに…

  2. 自分もとんち問答的なくだりのイメージばかりが先行してしまい、なかなか手の出ない作品でしたが、読んでみると思った以上にしっかりとした内容だったので良い方向に裏切られました。
    はじめにどのキャラクターに思い入れするかによって、作品の印象が大分変わるんでしょうね。特に現代では人種差別という文脈がまた特別な意味を持っているように思うので、時代を越えてもなお、その時々の価値観に応じて、様々な問題を喚起し続けられるシェイクスピア作品は奥深いなと思います。

    • ぐら
    • 2008年 3月11日 10:09pm

    コメントありがとうございます。
    古くて、新しい。
    シェイクスピア作品って、そんな感じがします。
    ただ、いろんな読み方のできる深い作品だとは思うのですが、これはわたしの好みではなかったです。
    シャイロックに肩入れしてしまうのかもしれません。

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