『木洩れ日に泳ぐ魚』恩田陸
マジックは、種が分かってしまうとつまらない。
「何か特別な力を持っているのではないか」とまで思ったものが、拍子抜けするほど単純な仕掛けであったことを知った時の、あの切ないような悔しいような気持ちはなんなのだろう。まさに、「知らなきゃ、よかった」である。
この「知らなきゃ、よかった」は、なにもマジックに限ったことではない。人生においても、真実を知らない方が幸せな時は多々ある。そもそも、真実を知ることがそれほど重要なことなのだろうか。そんな疑問を抱かせてくれるのが、本書である。
舞台(まさしく「舞台」という言葉がふさわしい)は、アパートの一室。
ここに、引越しを明日に控えた一組の男女がいる。二人は、相手に対してある疑念を抱いており、夜の間に真実を引き出そうと試みる。物語は、語り手を交互に替えて、彼らの記憶を探るかたちで進行していく。
一年前の出来事を巡る疑念から幕を開けた、二人の長い夜。その謎解きが主筋になるのかと身構えると、作者の筆はそれをするりとかわし、まったく別の話題をもってくる。
たぶんこれは、一枚の写真についての物語なのだろう。
むろん、ある男の死を巡る謎についての物語でもあるし、山の話でもあるはずだ。そして、一組の男女の別離の話という側面も持っている。
思えば、この冒頭から作者のマジックは始まっていたのだろう。恩田陸という作家は、話の持っていき方が本当にうまい。不信感の芽生え、息苦しいほどの沈黙、感情の昂ぶり、溢れ出す暗部。目を逸らしたり、立ち上がったり、足を組んだりといった些細なしぐさで二人の感情の動きを表現し、物語を展開していく。
ラストはあっけないほどで、物足りなくもある。とりわけ、男のずるさが強く印象に残る。
しかし、得てして「本当のこと」とはこんなものなのかもしれない。人は、何にでも意味を与え、「驚くべき真実」を心のどこかで求めずにはいられない。もしかすると、あれこれ想像を膨らませている間が一番楽しいのかもしれない。
やはりマジックは、種が分かってしまうとつまらないのだ。[Amazon]



恩田陸【木洩れ日に泳ぐ魚】
僕らは明日になったら右と左に分かれて歩き出すことだろう。
しかし、どこかできちんと話をしておかなければならないように思う。そうしな…