『ヒトは食べられて進化した』ドナ・ハート ロバート・W・サスマン

ヒトは食べられて進化した

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書評/サイエンス

「狩るヒト」説から「狩られるヒト」説への転換。
350ページ弱の本書の内容は、乱暴に言うとこのひと言でまとめられる。古代の壁画には、狩りをする私たちの祖先が描かれているし、映画やアニメに登場する原始人はたいてい槍を持って獲物を追い回している。
人類進化学の世界でもこれまで、人類は獲物を捕らえて殺す「狩猟者」として捉えられてきた。それを、人類は多くの動物たちのエサのひとつに過ぎず、その捕食から逃れるために進化してきた、との立場で持論を展開したのが本書である。

本書には「人類史の常識をくつがえす衝撃の進化論」とのコピーが踊る。たしかに、従来の説からすれば180度発想を転換しており、驚くべき進化論なのだろう。しかし、人類進化学に無知の私からすれば、「狩るヒト」説が主流という事実の方が驚いた。
レストランは、座席の後ろを壁にするか、衝立を置くなどして客の背中に障害物があるように設計されている、となにかの本で読んだことがある。詳しい内容は忘れたが、人は背がノーガードの状態だとリラックスして食事ができない。それは、いつ後ろから襲われるか分からない恐怖が、太古からの記憶として潜在的に残っているのだという。
本当かどうか分からないが、少なくとも人類が勇ましく他の動物たちに向かっていく姿より、食べられないように身を潜める姿の方がイメージしやすい。飛び道具があればともかく、一対一で闘ったらライオンやヒョウに対して勝ち目はないと思う。

ところが、従来の学者たちはそうは考えなかった。著者によれば、①現生人類に対する西洋的見方、②原罪というキリスト教概念、③単にずさんな科学によってこの説が主張されてきたのだという。論理的に思える科学の世界でも人が為す以上、思想に影響を受けざるを得ない。本書には、それに拠り過ぎると方向を誤る危険性を孕んでいる、との教訓が込められている。
一方、著者の立場は至ってシンプルである。化石から読み取り、現在も捕食者に狩られている霊長類の生態や行動を調べること。これに尽きる。10章からなる本書の7章までは、人類を含む霊長類が捕食されてきた数々の事例を嫌になるぐらい紹介している。陸から、水中から、空から、私たちの祖先は、さまざまな猛禽類の攻撃にさらされてきたのだ。
8章では、捕食に対抗するための戦略が人類の進化を促したことを述べ、9章では「狩るヒト」説を改めて批判し、終章では再び化石に戻り、被捕食者としてのヒトから見た世界を描いている。

「狩られるヒト」説から見えてくるのは、あらゆる戦略を用いて臨機応変に環境に適応してきた人類の姿である。
「捕食」という最悪の状況を逆手にとって、脳を増大させて進化を果たし、今日まで生き抜いてきた人類は、なんて柔軟でしたたかな生きものなのだろうか。捕食者から逃げ惑う姿はいささか情けないが、なにか、生命の持つたくましさも感じられる一冊である。[Amazon]

本書は、本が好き!経由で献本していただきました。

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