『肉体の悪魔』レーモン・ラディゲ
三島由紀夫がどうも苦手。
なので、彼が絶賛していた本書にも食指が動かなかったのだが、新訳を機に読んでみた。
すごい小説である。
レーモン・ラディゲの小説を評するとき、得てして作家の年齢に注目されがちだが、これは「若いのによく書けている」というレベルではない。人間の心の動きを、冷静に、かつ精密機械のような正確さで描き切っている。ストーリーをすべて書いたとしても、この作品を読むのになんの障りもないだろう。なぜなら題材は、いたって凡庸なものだからだ。けれど、同じ食材でも、ほとんど料理をしたことのない者と腕のいい料理人とでは活かされ方がまるで異なるように、その天才的な包丁さばきを堪能できる作品なのである。
訳者の中条氏は、ジャン・コクトーの『恐るべき子供たち』の解説で、人間(恋愛)心理を精細に分析するフランス文学のことをビリヤードの球の軌跡になぞらえていたが、それはこの『肉体の悪魔』にもみてとれる。最初の一文から悲劇的な結末は始まっている。読み手にできるのは、決められた軌跡をただ眺めることなのだ。
同時期に読んだ川上弘美の書評集のなかに、「小説を書くってこういうことなんだと、強く思った。一般化、なんていうものからはものすごく遠いもの。唯一これしかないという何かをきわめてゆくもの。」と書かれてあったが、まさにそのがぴったりくる。
しかし、人間心理をつきつめて、つきつめて、そのエッセンスだけを取り出す徹底ぶりは、感心する同時に怖くなってしまう。他を寄せつけないような隙のなさが。なにもかも見透かされてしまいそうな冷めたまなざしが。ピンと張った糸のような緊張感が。
レーモン・ラディゲ、腸チフスにより20歳で死す。あまりにも短いが、強い輝きを放った命だったのではないだろうか。[Amazon]
フランス:中条省平・翻訳




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