『あなたに不利な証拠として』ローリー・リン・ドラモンド

あなたに不利な証拠として

  • ローリー・リンドラモンド
  • 早川書房
  • 798円

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書評

売れに売れ、あちこちで絶賛の嵐を巻き起こした作品を改めて紹介するのは、どうも気後れしてしまう。さんざん盛り上がった祭りの後にひょこひょこ顔を出すような、タイミングの悪さを感じる。ベストセラー本を敬遠しがちの私だが、今回文庫化されたのを機に読んでみた。

「ハヤカワ・ポケットミステリ」というコアなミステリー愛読者しか知らないような叢書の一冊がこれほど多くの人に読まれたのは、作品自体の力はもちろんだが、池上冬樹氏の強力な後押しがあったからだと思う。朝日新聞の書評欄に載ったとき、その熱を帯びた力強い文章に引きつけられたのは私だけではないはず。
五回は読み返した、という氏には、読解力も思い入れの深さも負けるが、私も三回読み返してみた。正直、最初読んだときは、作品を流れる沈鬱なトーンに気が滅入った。心温まる物語を望む人には、あまりおすすめできない。けれど、心を揺さぶられるような「すごい」小説を読みたいなら、手に取ってみてほしい。読み返すほどに感じるものが多い作品なのだ。

本書は、5人の女性警官を主人公にした連作短篇集である。キャサリン、リズ、モナ、キャシー、サラを語り手にした10の物語がここには収められている。どの女性の物語から読んでもかまわないのだが、やはり最初の一篇「完全」から順に読んでいくのがいい。
「完全」では、女性警官が一人の男を殺した結果が先に明かされる。その後、彼女が射殺するに至った経緯や現在の心境が、淡々とした筆致で綴られていくのだ。ここでは「完全」「明確」「絶対的」という3つの「absolute」が使われているが、その言葉の揺るぎなさと彼女の心理との乖離を、作者は巧みに浮かび上がらせる。たしかに、彼女は発砲するしかなかった。だが、「人を殺した」という事実を処理し切れずにもがき苦しむ姿に、言いようのないやるせなさを感じてしまう。

警察官は、市民の生命・安全を守る。では、その警察官を守るのは一体誰なのだろう?暴力や死に直面して傷ついた心を、どうやって癒せばいいのだろう?ゆっくりと、しかし確実に心を蝕み疲労させてしまう暴力があるのだ、と気づかされる。
ある意味特殊な職業に身を投じた5人の女性に共感するのは、難しいのかもしれない。自分の五感をフル活動する重要性を説いた短篇・「味、感触、視覚、音、匂い」のように、本書は、がんじがらめの法制度・組織と正義の遂行にジレンマを抱えながら、自らの命を危険にさらして日々職務にあたる女性警官たちの息づかいが、苦悩が、彼女たちがすぐそこにいるかのように感じられる作品なのだ。
本書に、アメリカ銃社会や警察組織の問題を読み取ることもできるだろう。けれど、ここで語られるのはあくまで、キャサリンの、リズの、モナの、キャシーの、サラの物語である。

一人称で主人公に寄り添う描き方はぐっと身近に感じられるし、二人称で少し距離を置いた「銃の掃除」もピンと張り詰めた緊張感があって読ませる。ほんの数ページの「告白」は、芥川龍之介の「蜜柑」を彷彿とさせる鮮やかな心理変化にハッとさせられる掌編。臨場感あふれるリアルな描写だけでなく、一篇一篇工夫の凝らした描き方の違いも堪能できる一冊である。
けっしてハッピーエンドではないが、「完全」で始まり、「わたしがいた場所」で閉じるゆるやかな連環をなした構成に、不思議と救われる思いがする。ミステリーはほとんど読まないのだが、これは良かった。何度でも読み返したくなる傑作である。[Amazon]

アメリカ:駒月雅子・翻訳

Anything You Say Can and Will Be Used Against You: Stories
Laurie Lynn Drummond
Anything You Say Can and Will Be Used Against You: Stories

本書は、本が好き!経由で献本していただきました。

  1. 「あなたに不利な証拠として」このミステリーがすごい2007年・第1…

    「あなたに不利な証拠として」★★★☆絶賛にはもうひとつ
    ローリー・リン・ドラモンド著
    ハヤカワ文庫、453ページ、800円
    評論家としてよく紙面で目にする
    池上冬樹さんが絶賛としかいいようのない
    ベタほめだったことから
    迷わず購入。
    5人の警官、元警…

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