『リリー・モラハンのうそ』パトリシア・ライリー・ギフ

リリー・モラハンのうそうそをついてはいけません。
ものごころついてから今まで、この言葉を何度見聞きしたことだろう。おとぎ話や昔話にも、うそをついた者の悲惨な末路が数多く描かれている。たしかに、うそは人を傷つける。世間を騒がせた食品偽装や耐震偽装といった“うそ”は、人の命にかかわるだけに見過ごすことはできない。
けれど、うそは本当にいけないものなのだろうか。うそで寂しさを紛らわせ、いっときの夢を見ることができる。うそで包まれた本心に目を向けることが大事なのではないか。そんなことを考えさせてくれる一冊である。

主人公のリリー・モラハンには、「なやみの種」リストがある。リストの一番目は「うそ」、二番目は「とまらない空想」、三番目は「友だち」(これは、なやみというより必要なもの)。彼女にとってうそをつくのは、息をするのと同じぐらい自然なこと。もうやめようと決意するのに、うそにうそを重ねる悪循環に陥ってしまう。
とはいえ、彼女のうそは、「ピアノをひくのが好き(ピアノの練習なんか大嫌い)」、「おばさんがナチスと闘うアメリカのスパイ(四歳の頃からずっと会っていない)」といったたわいもないものだ。ところが些細なうそがきっかけで、やっかいなことになってしまう。

例えば時代が1944年の戦時中でなければ、なんの問題もなかったかもしれない。あるいは、うそをついた相手がハンガリーから逃れてきたユダヤ人の少年でなければ、まともに受け止められなかったかもしれない。またあるいは、リリーの父親が戦地に赴くことにならなければ、こんなうそをつくこともなかったかもしれない。
リリーがついた悪意のないうそは、うそと言うにはいじらしい。どうにもならない現実や孤独を忘れるために灯した希望の光だったのだろう。リリーが一家で訪れたニューヨーク郊外の避暑地・ロッカウェイは、戦場ではない。それでも食料は充分でなく、友だちの兄はノルマンディーに上陸作戦で行方知れずになるなど、戦争が暗い影を落としている。

うそをついてはいけない、と言うことは容易い。だが、子どもがうそをつかずにはいられない時代もあった。それを忘れてはいけないと思う。
そんな死を身近に感じる不安な日々のなかで、ゆっくりと、しかし確実に育まれていくリリーとアルバートの友情に心あたたまる。原題は、『Lily’s Crossing』。 crossingには十字を切る、という意味がある。神様に誓ってもうそをやめられなかったリリーが、アルバートとの出会いによって勇気を出して現実と向き合うことができるのだ。そこに私は、作者の人間に対する強い信頼を感じてしまう。
凄惨な歴史を知っているだけに、本書のラストはごく稀な幸運に思えるが、リリーの祖母がしみじみと漏らした言葉は、重みをもって迫ってくるのである。

「長い戦争だったねえ。長くてひどい・・・・・。でも、そんな最悪のときだって、なにかしらいいことがおこるもんだ」

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アメリカ:もりうちすみこ・翻訳

Lily’s Crossing
Patricia Reilly Giff
Lily's Crossing (Yearling Newberg)

  1. 本は、魔法のような魅力をもっていますね。
    私達は、歴史に翻弄される時代には生きていないし、
    死と向き合わせの生活もしていない。
    でも、本を読むことによってその時代に生き、
    主人公の人生を一緒に経験する事もできる。
    「アンネの日記」を中学生の頃に読みましたが、
    あの閉塞感は息が詰まる思いでした。
    そして、自分がどんなに幸せか思い知った一冊でした。
    この本も、読みたい本リストに追加です。

    • ぐら
    • 2008年 5月2日 10:13pm

    『アンネの日記』は、辛くて途中で挫折したのですが、この作品は戦争ものにしては珍しく、すがすがしい読後感でした。
    リリーとアルバートが本音で付き合えるようになっていくところは、ぐっとくるものがあります。
    これは過去の出来事で、しかも小説の中のお話だけど、いまだに世界ではたくさんの血が流されているんですよね。
    それを考えると、いまの自分(とその周り)だけの安全に満足していいのか、という気がしてしまいます。

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