『光の指で触れよ』池澤夏樹

光の指で触れよ環境問題を考えるということは、つまるところ、生き方を根本から見直すことなのだと思う。
近年、意識の高まりにともなって家庭や企業でさまざまなエコが試みられているが、どれも「塵も積もれば・・・」的なレベルを脱していないような気がしてならない。もちろん、些細なことでも、皆が日常的に行えば効果はあるだろう。

けれど、いまだ私は塵が積もって山ができたという話を聞いたことがない。なにかが変わるときは、地殻変動のような大きな力が必要なのではないだろうか。再生紙の利用や、冷暖房の温度調節などはできても、今の利便性をすっかり捨ててしまうことはできない。お金さえあれば欲しいものがすぐ手に入るこのシステムを手放すことは。
現代社会は、いうなれば消費社会である。魅力的な新製品が次々と生み出され、メディアを介して私たちを巧みに誘惑する。人の欲望は果てることがなく、その歩みの後には、大量のゴミが残されていく。
そろそろモノやお金に翻弄される輪から抜け出して、豊かな生き方を見つめてみませんか?と問うたのが、本書である。

物語は、ある家庭の崩壊から始まる。
私は未読なのだが、『すばらしい新世界』に登場した一家らしい。どれだけ仲睦まじく、しっかりとした家庭に見えても、崩れるときはあっけない。夫の不倫を知って、妻は幼い娘を連れて家を出、ヨーロッパへ。残された夫は今後の人生について考え始め、妻も、自給自足で生活するコミュニティで暮らしながら自立した生き方を模索する。
人は、ひとりでは生きてゆけない生きものだ。ただ、それは他人に依存するのとは違う。経済的・精神的に自立した生き方とは何か。そして、その自立した各人が寄り集まって過ごしやすい共同体を作れないものか。そんな問題提起がなされている。
ひとつめの問いには、パーマカルチャー―少量多品種で完全循環の農耕システム―という答えを見出し、もうひとつには、スコットランドのあるコミュニティからヒントを得る。心も場所も離れてしまった夫婦なのに、似たような疑問を抱き、同じ思想に共鳴するようになっていく過程がおもしろい。ひとつの恋愛事件をきっかけに、一家は自然と人間の共存という根源的なテーマに突き当たるのである。崩壊から生まれる絆があるとすれば、こんな物語なのかもしれない。

本書で描かれた問題提起やアイデアには共感できる部分が多い。食料高騰、食の安全が揺らぐ世の中だからこそ、いっそう切実である。ただ、実際にこの生活を送るとなると難しい。
また、果たして瞑想で雑念を払い、人生の荒波を乗り切れるのか、という疑問も残る。もっと困難な状況に陥っても、この夫婦は持ちこたえられるのだろうか。作中で、「世の中にある絶対のもの、それがなければ全部が崩れてしまうようなもの」を見つけたい、と語る少女がいるが、作者自身がまだその「絶対のもの」を掴んでおらず禅問答に終始しているようで、どうもすっきりしなかった。[Amazon]

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