『絶対安全剃刀』高野文子
高野文子の初期作品集。
人物の絵柄や線のタッチなどさまざまな作風が混在しているので、雑多な印象を受ける。試行錯誤しながらいまのスタイルを確立していったことが窺える一冊である。
ただ、構図のうまさや斬新な切り口はこの頃から抜きん出ているものの、拙さの感じる作品や私の好みに合わないものもあって、手放しで絶賛する気にはなれない。例えば、若い女性の肩肘張った生き方を描いた「はい―背筋を伸してワタシノバンデス」や、「おすわりあそべ」「うしろあたま」の3篇。複雑で矛盾を抱えた少女の心境をうまく捉えているが、他の少女漫画で読んだような作品に思えて少し物足りなかった。
この作品集の中では、「ふとん」「田辺のつる」「午前10:00の家鴨」「玄関」がよかった。
「ふとん」は、最初の3ページでやられてしまう。うまい。まるで舞台の幕が開いたような始まりである。あとのストーリーもおもしろいが、この描き出しが秀逸である。
「午前10:00の家鴨」が心地よいのは、その適度な距離感である。つかず、離れず。恋人と友だちという関係性の違いはあるとはいえ、『るきさん』のるきさんとえっちゃんの間に漂う空気と似たものがある。この距離感をさらりと描ける作家はなかなかいないと思う。
最後の「玄関」は、『棒がいっぽん』から遡って読んだ私には一番高野文子らしい作品に思えた。シンプルな線で描かれた独特の構図と少女の心情が、すっとストーリーに溶け込んでいて、爽やかな読後感を残す。こういう漫画って、好きだなぁ。
漫画でここまで表現できるのか、とぞくぞくするほど興奮したのが、「田辺のつる」である。主人公は、昭和初期の少女雑誌の表紙を飾っていたような、おかっぱ頭で黒目がちの少女。女性の「少女性」ここに極まれり、とでもいえようか。
この作品がすごいのは、あるメッセージを込めつつも作者はそれを一切語らず、終始少女の可愛さを前面に押し出しているところである。もっとも、愛くるしいだけではない。ラスト近くの、「あけてー」とドアの向こうで次々と訴えていく場面には、描かれなかった過去を想像させ、ぞっとするような怖さも潜んでいる。ほぼ吹き出しだけの1コマが、こんなにも効果的とは。メルヘンチックな絵だから、よけいに現実の残酷さが浮き彫りになる。それとも逆で、非情な現実だからこそ、作者はメルヘンチックに描いたのかもしれない。それにしても、素晴らしい漫画である。[Amazon]



こんにちは。
高野文子さんの作品は僕も好きで結構読んでます。
この初期作品集はまだ読んでない1冊なんですが、記事を読んでいたら、これも是非読まなくては!と思ってしまいました。
「黄色い本」に触発されてチボー家を読み始めたものの途中になってるんですよね。また再開しようかな。
川上弘美さんが書評集のなかで絶賛してましたけど、読書傾向って似るんですね。
わたしは遅ればせながら高野文子さんを知って、見事にハマってしまいました。
「黄色い本」は、まずはオリジナルを読もうと思って置いているのですが、巻数の多さにちょっとびびっています。
いつのことになるやら・・・。
うーんと・・タイトルが思い出せません。
このセリフが大好きです。
「ふとん」はあまりに驚愕した覚えがあります。
勝手に東北地方をイメージしています。
障子がぱらりと吹き飛び、舞台が開く。
すごいなと感心することしきり。
「田辺のつる」は大島弓子の「夏の夜の獏」の逆バージョン
なのかなとも思えますが、おそらく「田辺のつる」の方が
古くてかつ凄みがあります。
実は「アネサとオジ」が一番好きかも。
わたしはアネサになりたいと思っています。
オジもかわいいけれど。
>すすむは真白き闇だ
それって、まさに表題作の中の一節じゃあないですか。
青春時代の(周りが見えなくなるほどの)勢いみたいなものが感じられて、わたしもよく覚えてます。
高野文子さんは、大島弓子さんの影響を強く受けているみたいですね。
大島さんは、昔一度読んだものの合わなかったのでそれきりだったのですが、
高野作品をきっかけにまた読んでみようかと思ってます。
それにしても。
自分がアネサに似ている、じゃなくて、アネサになりたい、
というのはおもしろいです。
無茶苦茶なお姉さんなのに、
読んでいくうちに弟よりも可愛く思えてくるから不思議です。