『新世界より(上・下)』貴志祐介

上下巻あわせて1000ページ以上のボリュームだが、おもしろくて一気に読み終えた。
貴志祐介の作品は『黒い家』と『青の炎』を映画で観たことはあるが、活字で読むのは本書が初めて。ただ、これはグロテスクな描写のオンパレードだから、映像化は勘弁してほしいなぁ。
舞台は、いまからおよそ1000年後の日本。
人々は科学技術にかわって、〈呪力〉と呼ばれる超能力を操り、平和な社会を築き上げていた。ところが、理想郷のような世界で、子どもたちは徹底的に管理・監視されていた・・・。
前半の牧歌的な描写が、ぞっとするような後半の布石となる構成に脱帽。この盛り上げ方、さすが『黒い家』の作者だけのことはある。
物語は、35歳になった主人公・早季が12歳の頃から思い起こしながら、手記にして後世に残す形式を取っている。未来の人間が遠い未来に向けて書き記した出来事を、過去(つまり現代)の私たちが読む、というねじれた格好になっているのだ。『新世界より』は、有名なドボルザークの交響曲から取ったタイトルだが、本書は未来から届いた警告書といえるのかもしれない。
読む楽しむを削ぐことになるので詳しくは書かないが、民俗伝承を巧みに用いながら、戦争、核兵器拡散、遺伝子操作、格差問題、少年問題など、現代世界の抱える諸問題に鋭くメスを入れた作品に、考えさせられるところは多いはず。
国際政治から歴史、法律、生物学に至るまで網羅する作者の博識に舌を巻くが、考えてみればすべての源は「人間」なのだ。人間の心を見つめている小説家だからこそ、描ける世界なのだろう。
ここで描かれた「人間」は、「人間の残虐性」とも言い換えられる。意識するとしないにかかわらず、この残虐性を誰しも抱えている。秋葉原の記憶が生々しいが、凄惨な事件が起きるととかく犯人の異常さがクローズアップされがちだ。もちろん凶行は許しがたいが、殺人者と自分たちとは全く「違う」人間という意識は、思考停止に陥る危険を孕んでいるのではないか。まず、自分の中にもある残虐性を認めるところから、考えなければならないと思う。
けっして信じたくはないが、新しい秩序とは、夥しい流血によって塗り固めなければ、誕生しないものなのかもしれない(下巻P.572)
との早季の言葉に、反論できる世界を築くことはできるのだろうか。物語のおもしろさとは反対に、読後感は重いものだった。
思い込みで悪鬼の愧死機構が作用するところが納得できなかったものの(これって後天的なものなの?)、エンターテイメントの枠を大きく越えた読み応え充分の作品である。ただし、ネズミの苦手な方はご注意を。[Amazon]



新世界より(下)-(本:2008年126冊目)-
新世界より 下
# 出版社: 講談社 (2008/1/24)
# ISBN-10: 4062143240
評価:90点
上巻を昨夜読みきり、そのまま下巻に突入して一気読み。
だいたいハードカバー550ページの本なんて通勤電車では邪魔になって読めないし、そもそも鞄に入れて持ち歩きたくもない。…