『僕たちのミシシッピ・リバー―季節風*夏』重松清
「季節風」シリーズの夏篇。
夏を描いた短篇といえば、「サマーキャンプへようこそ」(『日曜日の夕刊』所収)が真っ先に思い浮かぶ。私の一番好きな作品で、読み返すたびに笑ってしまう傑作だ。ほんとうに、情けない父親(だけど子ども思い)を書かせたら日本一の作家だと思う。
そんな「サマーキャンプ~」の印象が強烈だったので、楽しく明るい短篇集を期待して読み始めたのだが、意外としんみりした作品が多くて驚いた。
本書で色濃く影を落とすのは、「死」と「別れ」である。悲しい中にも、ひと筋の光が投げかけられており、読後、心にあたたかいものが広がっていく。開放的で爽やかな夏のイメージが一変するような、重松流・夏の12の物語。
春篇の『ツバメ記念日』ほど感銘を受けなかったものの、日常の何気ない場面から物語を紡ぐ手腕はさすがである。
アイス、笹飾り、風鈴、ラジオ体操、高校野球、夏祭り、帰省といった夏を連想する小道具を巧みに織り交ぜながら、現代家族の姿を描き出している。全体を通して、「親子の絆」を強く、深く感じさせる短篇集である。
いつまでも あると思うな 親と金―。私が可愛げのない態度を取ると、母親がきまって呟いた言葉だ。それを頭では理解できても身に沁みて分かるのは、いなくなった後なのだろうな、と思う。悲しいけれど。
病に倒れ、子どもの成長を見守れない無念さ。親が亡くなった後に沸き起こる後悔の念。新しい「お父さん」の登場に戸惑う少女。ひとつひとつのエピソードがぐっと胸に迫る。ただ、一冊に同じテイストの作品が重なっているのが残念。まさに重松節といった作品群ではあるが、私としてはいろいろなバリエーションで夏を描いてほしかった。
本書で一番心に残ったのは、「べっぴんさん」。孫たちの思い出の中で語られるおばあちゃんは、控え目なのに凛とした強さ・存在感がある。
重松清の作品には、読む者一人一人の思い出を喚起する力があるのではないだろうか。思い出のない人はいない。どんなに些細で、他人にはつまらなく思えるような出来事でも、当人にとってはかけがえのないエピソードとなる。
私は「べっぴんさん」に死んだ祖母のことを思い出したが、表題作「僕たちのミシシッピ・リバー」に幼き日の友情を懐かしく思い起こす人や、「終わりの後の始まりの前」に、悔しさをもてあます姿を重ね合わせる人がいるかもしれない。物語の世界を通して、自分だけの景色を眺められる一冊。[Amazon]



僕たちのミシシッピ・リバー季節風夏 重松清
僕たちのミシシッピ・リバー―季節風*夏
季節のシリーズ短編集「季節風」の第2弾は夏。梅雨、七夕、夏休み、帰省と、6月から8月の時期を…
こんばんは。
親子の絆、重松さんらしく、色濃く描かれていましたね。
「べっぴんさん」。
おばあちゃんのあたたかな思いが伝わってくる逸品でした。
コメント、ありがとうございます。
季節感のある良いシリーズですよね。
秋、冬、楽しみです。
僕たちのミシシッピ・リバー―季節風*夏<重松清>-(本:2008年132冊目)-
僕たちのミシシッピ・リバー―季節風*夏
# 出版社: 文藝春秋 (2008/06)
# ISBN-10: 4163271007
評価:80点
もう秋編が出てるんだよな、早いなあ。
と思っていたら「気をつけ、礼」という新刊が新潮社からでている。
だから最近書きすぎじゃないのか。もうちょっ…