『何も持たず存在するということ』角田光代

何も持たず存在するということ角田光代さんの最新エッセイ集。
小説と違ってエッセイの場合、「さん」づけで呼ぶほうがしっくりくる。エッセイと一口に言っても、文章の美しさに惚れ惚れするもの、思わず笑ってしまうもの、視点の鋭さに唸ってしまうものなどさまざまあるが、角田さんのそれは、とても近しい感じがするのである。
小説を書いたことなどなく、一人旅をするわけでもなく、ましてや同世代でもない。共通点を探す方が難しいというのに、不思議と彼女の文章には共感できる。同じ目線の高さが、心地良い。
彼女のエッセイはほんとうに庶民的で、ものごとの捉え方も書く文章もごく普通である。ただ、「普通でいる」ということは、案外難しいのではないだろうか。

以前友だちと、「メールだと、必要以上に格好よく書いてしまう」という話になった。
近況(といっても、しょっちゅう顔をあわせている)やら悩み事やらを書いて送った文章を後で読み直してみると、「私って、こんなに格好よかったっけ」と、自分で自分にびっくりすることがある。会って話せば、脈絡のない話を行きつ戻りつし、情けない姿をさらけ出してお開きになるのが常だが、メールで伝えると、妙にかしこまってことさら自分を大きく見せてしまう。推敲して書いた文章はたしかに分かりやすいが、実像よりドラマ性に富んだ姿がそこにある。

人、とりわけ文章を書き慣れている人ほど、豊富な語彙や技巧を駆使して言葉を飾る傾向があるように思う。少し誇張したり脚色を加えたりしながら、文章を紡ぎ出す。それが「書く」ということなのかもしれないが、衒いのない素直な文章を書ける人を、私は単純に尊敬してしまう。
角田さんの文章やエッセイの中の彼女は、いたって普通である。機内で出る中途半端な日本食をマズイと言い、失礼な訪問者にムッとし、支えてくれた人たちに心から感謝する。けれど、飾らず、繕わず、等身大の姿をありのままに表現できるというのは、その平凡な響きとは裏腹に、じつは凄いことなのではないか。

かつて言葉を発するより文章を書くことを得意とした少女は、作家となり、書けない悔しさを知る。

小説を書くということは、心底「負けた」と思い知るところから、ようやくはじめられる何ごとかなのではないかと私は思う。

角田さんの文章がまっすぐ心に届くのは、彼女が驚くほど慎重に、峻厳な姿勢で書く行為と向き合っているからこそ、なのかもしれない。[Amazon]

  1. はじめまして。前からちょくちょく来させてもらってます。
    私も本が好きなので、読書の参考にしたりしてますv
    このエッセイ、気になっていたんです。近いうちに読みたいなぁ。
    そして、リンク貼らせていただきました。
    また来ますねv それでは。

    • ぐら
    • 2008年 8月4日 10:11pm

    コメントありがとうございます。
    お近づき(?)になれて、嬉しいです。
    角田光代さんだなぁ~、という感じの一冊でよかったですよ。
    (ものすごく幼稚な感想ですね。)
    それにしても、幻戯書房という出版社、今回初めて知りました…。

  2. 何も持たず存在するということ 角田光代

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    装幀は間村俊一。装画は勝本みつる。日常、旅、家族、自著を語るエッセイ集で…

  3. こんばんは。
    角田さんの人柄までわかるエッセイ集でしたね。
    トラックバックさせていただきました。

    • ぐら
    • 2008年 10月13日 11:23am

    こんにちは。
    エッセイって、その作家さんにぐっと親しみを持てるところがいいですよね。
    作品の舞台裏も覗けて、ちょっとお得な気分です。

  4. 何も持たず存在するということ<角田光代>-(本:2008年159冊目)-

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    # 出版社: 幻戯書房 (2008/06)
    # ISBN-10: 4901998331
    評価:77点
    最新エッセイ集。
    といっても過去に書かれたものを集めて本にしているので、日付を見ていると少々古いものも混じっている。
    それでも私が目にす、…

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