『くまとやまねこ』湯本香樹実・酒井駒子
早いもので、オリンピックも終わってしまった。男子バレー、地味に全敗しているのが悲しい。でも、アメリカ対ブラジルの決勝戦を観て「こりゃ、勝てんわ…」とあっさり諦めもついたのだが。あの試合はすごかった。
スポーツ観戦ばかりしていた訳ではないのだが、ここ最近忙しかったのでブログを更新するのは久しぶりである。振り返ってみると、読書からも遠ざかっていたような…。何はなくとも本なしではいられない人間なのに、疲れていると活字を追うのも億劫になる。そんな中、手に取ったのがこの絵本。
刊行されたときから気になっていて、ようやく読むことができた。湯本香樹実さんでと酒井駒子さんの強力タッグで、注目度は抜群。期待を裏切らず、良い作品であった。
物語は、親友の〈ことり〉を亡くした〈くま〉の喪失感と、新たな出会いを描いたもの。愛するものとの突然の別れに打ちひしがれ、内に閉じこもってしまうところから、その悲しみを少しずつ受け入れて、再び外の世界と交わるようになるまでが丁寧に綴られていく。〈くま〉の悲しみが癒えるのと歩調を合わせるように、読んでいるこちらの心まであたたかなもので満たされていく、そんな優しい絵本なのだ。
この作品に限らず、死別の悲しみを描いた絵本は多い。動物が登場するものだけでも、『わすれられないおくりもの』や『いつでも会える』、『ずーっとずっとだいすきだよ』など、名作揃い。“死”というのは普段意識していなくとも、誰にとっても身近なものなのだ、ということに改めて気づかされる。本書のような死別の喪失感に寄り添う絵本に触れることで、人はゆっくりと癒されていくのかもしれない。
「寄り添う」と書いたが、これは簡単なようでいて案外難しいものだと思う。
〈ことり〉の死を悲しむ〈くま〉に、森の仲間たちはこんな言葉をかける。
くまくん、ことりはもうかえってこないんだ。つらいだろうけど、わすれなくちゃ
なるほど、もっともな意見である。こんな風に元気づける人は少なくないだろう。けれど、これでは〈くま〉は救われない。いっそう心を閉ざしてしまうのだ。
この作品は、死別の悲しみと向き合う姿を追う一方で、それを見守る側のありようも描いている。それがそのまま、タイトルの「くま」と「やまねこ」に繋がるのだろう。アドバイスをしたり励ましたりするのではなく、ただ相手の苦しみや辛さを受け入れる―。願わくば、そんな〈やまねこ〉のような存在になりたい。
悲しいなら、悲しいままで。なにも急いで忘れる必要はない。喪失感や思い出にもどっぷり浸る時間も、ほんとうはとても大事なのではないだろうか。[Amazon]



くまとやまねこ
どうしたって朝はやってくる。明けない夜がないように。降り止まない雨がないように。そして今日の日を生きるわたしたちは、忙しさにかまけて“きょうの朝”が何よりも特別だということを忘れがちだ。共に過ごす誰かが、もしかしたら明日の朝にはいないかもしれないとい…
ぐらさん、おはようござます!
この絵本の「くま」と「やまねこ」の関係って、とても素敵ですよね。
悲しみは深くとも、それを受け止めて寄り添ってくれる誰かが一人でもいたら、
どんなに救われることだろうか…とあれこれ考えてしまいます。
湯本さんも酒井さんも大好きなので、思わず飛びついて読んでしまったけれど、
大人向けの絵本な気がしてならないわたしです。
素晴らしい絵本だと思います。
コメント・トラックバック、ありがとうございます。
わたしも作者で飛びついたクチです。
酒井さんの絵について触れられなかったのですが(「絵」本なのに)、
この色の使い方、絶妙ですよね。
大人向けの絵本。
まさに、まさに。
こんな風にさりげなく誰かの悲しみを癒せる存在に、わたしもなりたいものです。
ぐらさん、こんにちは。
悲しみは、本当に突然とやってくるものですよね。
誰も、心構えなんてできるもんじゃありません。
親や、友人や、知り合いが突然いなくなってしまったとき、
どうやって乗り越えるか。
ゆるやかに時がすぎて、悲しみでむき出しの心の傷を、
やわらかな時がおおっていく、そんな感じかな。
子どもたちが、突然、”死”を怖がる時期がありました。
そんな時、「わすれられないおくりもの」や、
「ずーっとずっとだいすきだよ」を買って、何度も、何度も、読んで聞かせました。
絵本は、子どもの心にも、大人の心にも響く不思議な本ですよね。
絵本って、ほんとうに不思議な力がありますね。
シンプルだからこそ、ごまかしがきかないような気がします。
とくに“死”は、「分からない」から怖いところもありますよね。
この絵本も、上に挙げた絵本のようにずっと読み継がれていくんだろうな、と思います。