『遊女のあと』諸田玲子

遊女(ゆめ)のあと最終回まで残すところわずかとなった「篤姫」だが、大河ドラマの主人公に、と私がひそかに熱望している人物がいる。その人とは、尾張藩第7代藩主・徳川宗春
時の将軍・吉宗の緊縮財政に真っ向から異議を唱え、規制緩和によって名古屋を繁栄させた人物である。たしか、「八代将軍吉宗」の時に登場していた覚えがあるが、業績や人物としての魅力の割には知名度が低いように思うので、ここは主役で是非!

そんな宗春だから、彼を描いた小説も数えるほどしかないのだが、その数少ない作品群に新たに加わることになったのが、本書である。
といっても、徳川宗春は物語の背景に過ぎず、中心となるのは市井の男女である。夫から逃れてきた博多の女と、妻を斬る役目を負った江戸の男。接点のない二人が図らずも名古屋で出会い、将軍家と尾張家の対立に否応なしに巻き込まれてしまう物語である。

ところで、なにやらなまめかしいタイトルの「遊女のあと」とは、「ゆめのあと」と読む。
吉宗の怒りを買い、幽閉の身となった宗春の治世を懐かしんで著された書物・「遊女濃安都=夢の跡」から取られている。だからだろうか、この作品からも、市井の人々が「尾張には夢の都があったそうな」と古き良き時代を懐かしく回想しているような雰囲気が漂うのである。

もっとも、ここで描かれているように、宗春が築きあげた尾張はけっしてユートピアではなかった。陰謀や愛憎が渦巻き、後年においては積極財政のツケで財政悪化と風紀の乱れのダブルパンチに見舞われてしまう。政策論はさておき、結局のところ、どんなに素晴らしい制度や思想であっても、そこで暮らす一人ひとりの人間が精神的に自立していなければ意味がないのだろう。
だからこそ、本書で〈こなぎ〉の芯の強さが光るのである。彼女は故郷も家族も捨て、危険をかえりみず名古屋を目指す。そこに夢の都があると信じて。辿り着いた先で彼女が得たもの、それは何があろうと揺るぎない心の強さではなかったか。

自由に生きるには、覚悟がいる。
派手な格好や挑戦的な態度で世間の注目を集めた宗春も、たんに目立ちたがり屋の殿様ではない。自分の意思を貫くということは、何ものにも屈しない、それは権力者との対決も持さない、ということに他ならない。命を賭してまで宗春が思い描き、〈こなぎ〉が夢見たものは、明日に希望を持てる社会だったのではないか、と思う。
ともあれ、吉宗と宗春の対立を題材に、男女の情愛を細やかに描き出した『遊女のあと』は、時代小説に興味のない人にも読んでほしい佳作である。[Amazon]

徳川宗春を知るための本

他に、徳川吉宗の文献などで触れているものがあります。

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