『漂泊の王の伝説』ラウラ・ガジェゴ・ガルシア
少し気が早いが、今年読んだ児童書の中で一番おもしろかった作品を挙げるなら、迷うことなく本書だ。
そもそも、「児童文学」という括りで分けることにたいして意味はないと思っているが。良い作品は、世代を超え年齢に関係なく、読み手の心を打つものなのだから。
とはいえ、ある程度読書を重ねてゆくと、時間を忘れるぐらい夢中になって読み耽る、という読書体験は年々少なくなってくる。とりわけ児童文学は、既存の作品の二番煎じ(ひどい場合は三番煎じ)が多いので、その中で心動かされる作品に出あうことは稀である。
ところが、この『漂泊の王の伝説』には久しぶりに圧倒された。これぞ、読書の醍醐味。現代版・アラビアンナイトの誕生だ。
主人公は、砂漠のキンダ王国の王子・ワリード。
容姿端麗、聡明かつ勇敢な上に慈悲深いという、自他共に認めるパーフェクト・プリンスだ。
そんな彼が、貧しい絨毯織りの男の作った詩に完膚なきまでに叩きのめされてしまう。嫉妬のあまり、ワリードは男に無理難題を押し付ける。〈人類の歴史をすべて織り込んだ絨毯〉を作れ、と。
「嫉妬」という言葉はどちらも女偏だが、タチが悪いのはむしろ男の嫉妬の方ではないか、と思う。女ならせいぜい口喧嘩で終わるところ、男は見栄っ張りでなまじ力を持っているだけに手に負えない。
この作品、ワリードが王子の立場を失って、〈漂泊の王〉と称しひとりの人間として生き直すところから本編が始まるといっていい。
人は誰でも過ちを犯す。大事なのは、それをどう償うか。自分の行動に責任を取るとはどういうことなのか。児童書にしては重いテーマが突きつけられているのだ。
ドライな筆致でワリードの贖罪の旅を綴った物語はしかし、後悔と怨念ばかりで覆い尽くされた暗い作品ではない。出会いあり、ロマンスあり、決闘シーンあり、ジン(精霊)の登場あり、SF要素あり、の心躍る冒険物語なのである。
砂漠を舞台にした物語を読むと、どっぷりと異国情緒に浸れるのがたまらない。日本とは異なる風土だからか、それとも放浪の旅に本能的に魅かれてしまうからか。ここで描かれた世界が魅力的に映るのは、作者自身が憧れに近いまなざしで古の砂漠の民たちを見つめているからではないだろうか。
作者のラウラ・ガジェゴ・ガルシアは、1977年スペイン生まれ。正直、スペインの作家といえばセルバンテスと『風の影』のカルロス・ルイス・サフォンぐらいしか知らない。
話の筋としては、井の中の蛙だった青年が挫折を経、困難や弱気を跳ね返して心豊かに成長してゆく、という定番中の定番だ。ただこの作者、物語の見せ方というか、盛り上げ方が非常に巧い。テレビやネットに親しんだ世代だからか、視覚に訴える描写をする作家だと思う。
なかでもワリードが〈人類の歴史をすべて織り込んだ絨毯〉を広げて見入る場面は、圧巻だ。感動のラストは、「FIN」という文字がすうっと現れてくるかのよう。
そして本を置いた後、作中のこんなセリフがしみじみと思い出されるのである。
あらかじめ決まっている運命なんてないわ。自分がつくりだす運命しかないのよ。(P.267)
スペイン:松下直弘・翻訳



>スペインの作家といえばセルバンテスと『風の影』のカルロス・ルイス・サフォンぐらいしか知らない。
私もあとはガルシア・ロルカくらいしか思い浮かびませんが…
スペインの作家でいまぜひ読んでいただきたいのは、フリオ・リャマサーレスです。
「狼たちの月」と「黄色い雨」の2作が邦訳で出ていますが、どちらも素晴らしい作品ですのでぜひチェックしてください。
ああっ言われてみれば!
「狼たちの月」、読もうと思ってチェックしてたんですよ。
でもどうも動物の物語じゃないぞ、と気づいて一気にテンションが下がってしまい…。
良い作品なんですね。
これは読まねば!
ちなみに、いまは“狼”つながりで『神なるオオカミ』に足を取られているところです。
(いつ読み終わることやら)