『美女いくさ』諸田玲子
歴史というのは、「勝者」の歴史であるとともに、「男」の歴史でもあると思う。良くも悪くも名を残すのは男で、女が表舞台に登場することは稀だ。
では、女は男が勢力を拡大するための都合の良い道具だったのか。ただ流れに身を任せるだけの、か弱い存在に過ぎなかったのか。
そうではなく、男が戦場で武勲をあげるのと同じように、女も己のフィールドで誇りを持って戦っていたのだ、と描いたのが本書である。
描かれるのは、小督(おごう)。〈お江与〉という呼び名の方が一般的かもしれない。
浅井長政とお市との間に生まれた三姉妹の末っ子である彼女の人生は、波乱に満ちたものだ。二度の落城、両親との死別までは姉の茶々と同じ道を辿るが、その後の歩みが大きく異なる。三度の結婚を経験した小督は、婚家を変えるたびに豊かになってゆき、最後はファーストレディにまで上り詰めるのである。
とかく小督という女性は、春日の局との対立や徳川秀忠との夫婦関係から、ヒステリックで嫉妬深い悪女のイメージが強い。
ただ個人的には、(史実なのか分からないが)乳母の立場で家康に直談判する春日の局の方が生意気に感じるし、そもそも天下人たる者、妻が恐くて他の女性に手を出せなかったとは考えにくい。小督は秀忠との間に七人の子をもうけている。それだけ秀忠にとって、彼女が魅力的だったということではないだろうか。
もっとも、将軍と皇后の生母となり確たる地位を築いた小督だが、ここに至るまでは辛酸をなめている。最初の夫とは秀吉によって無理矢理離婚させられ、豊臣政権を守るための駒として使われた。一度は死を考えた彼女を思いとどまらせたのは、母や細川ガラシャ、お禰といった周りの女たちの凛とした生き様であった。
現代の価値観からすると、政略結婚を強いられる戦国時代の女性たちは受身の存在でしかなかったように思える。しかし、彼女たちは嫁いだ家を繁栄させることを自分の務めと考えていた。本書では、乱世を生き抜くための戦力としての女性像が力強く映し出されているのである。
天下を取るのは男。とはいえ、栄枯盛衰は世の習い。永遠に権力の座に居座ることのできる支配者はいない。それよりも、子々孫々まで自分の生きた足跡を残すことのできる女は、天下よりもっと大きなものを手に入れることができる生きものなのかもしれない。
本書は、女性作家ならではの視点が光る歴史小説である。しかし、これなら既に永井路子という先達がいるので、新鮮味に欠ける。私にとっては永井作品の女性像のインパクトが強すぎるためか、小督にさほど魅力を感じなかった。
もっとも、別れた夫との命がけの密会や、最後に姉妹が心を通わせる場面など、作者の並々ならぬ筆力に圧倒される描写がいくつかあった。諸田玲子は男女の情愛や女性の心理を細やかに描くところが魅力だと思うので、次回作を期待して待つことにしよう。
それにしても、本書の真の主役は豊臣家の奏者・孝蔵主(こうぞす)なのではないだろうか。
小督や茶々たちに比べると華やかさに欠けるが、その仕事ぶりたるや、見事なものだ。小督の行く末を見守りつつも、随所に顔を出す孝蔵主の存在が気になって仕方がなかった私である。[Amazon]



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