『おそろし』宮部みゆき

おそろし 三島屋変調百物語事始幅広いジャンルを手がける作家だが、宮部みゆきは時代小説が一番安心して読める。もっとも、最高傑作は『火車』だと思っているが。
その時代小説には、大きく分けてふたつのパターンがある。ひとつは、市井の庶民の悲喜こもごもを描く人情もの。もうひとつは、人ならぬ存在・あやかしが出て来る奇怪ものだ。

さて、本書。「おそろし」というタイトルから分かるように、後者タイプの時代小説である。副題は、「三島変調百物語事始」。
百物語といえば、ひとところに集まった人々が怪談話を語り、一話語り終わったらロウソクを一本ずつ消してゆく、というアレである。冷房などない時代、ひとときの涼を求め、長い夜を楽しもうとする先人たちの知恵だったのだろう。

作者は、この百物語を少し変わった趣向で取り入れている。まず、百話一度に披露するのではない。不思議な話を持っている者が、袋物屋の三島屋に一人ずつやって来て語るのである。聞き手を務めるのは、三島屋主人の姪・おちか。彼女はある事情があって叔父のところへ預けられている、訳ありの女性。
「曼珠沙華」「凶宅」「邪恋」「魔鏡」「家鳴り」の五章からなる本書は、各章ひとりの人間が己の身に起きたおぞましくも悲しい出来事を語ってゆく。一見連作短編集のようだが、実はこれらすべての話がラストで結びつく長編小説なのである。

さすが、宮部みゆき。ページを捲る手を止めさせない筆力の高さは見事である。400ページ強のボリュームだが、まったく長さを感じさせない。
この物語は、怪談話のかたちを取った一種のカウンセリング療法といえるだろう。人は誰かに悩みを打ち明けるだけで心が軽くなるもの。それは、「語る」ことで自分を客観視し、混沌としていた気持ちを整理できるからだと思う。自責の念に縛られていた登場人物たちがひとり、またひとりとその呪縛から解き放たれてゆく姿が感動的だ。
彼女の作品に流れる、本当に怖いものは幽霊や妖怪といった類ではなく、生きている人間の心なのだ、というテーマは、この作品にもしっかり貫かれているのである。

しかし敢えて言えば、別に本書を読まなくてもこれまでの作品で充分だと思う。少なくとも、宮部作品を追い続けてきた私には物足りなかった。
まず、“良い子”のおちかやおおらかで情の深い女中・おしまといったワンパターンのキャラクターに少々食傷気味。さらに、最終章はドタバタと展開してゆき、急に安っぽくなってしまったのが残念。ネタバレになるので詳しくは書けないが、唐突過ぎて説得力の弱い大集合である。最後はB級映画でも観ているようだった。
どうやらこの作品、続編が出るらしい。なにもきれいにまとめなくても、ひとつひとつの話を淡々と語ってゆく方がおもしろいと思うのだが…。さて、どうなるのやら。[Amazon]

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