『人間の運命』ショーロホフ

人間の運命 (角川文庫)ショーロホフは、私の母が愛読していた作家である。
いつだったか、映画「静かなるドン」が深夜に放送されるのをテレビ欄でチェックした母が、「これ、絶対撮っといて!」と私に頼んできたことがあった(自分はビデオ録画できないので)。
で、次の日さっそく観ることに。「ロシア文学の傑作」と聞いていたので、オープニングから出演者が日本人の時点で「?」となる。そのうちドンパチが始まる。これはどうみてもヤクザ映画だ。とんだ「ドン」違いだったのである。
映画で肩透かしを食らったこともあって、いつか『静かなドン』を読みたいと思っているのだが、いかんせん大著なので手が伸びにくい。そうこうしているうちに、『人間の運命』が復刊された。これは、5つの作品が収められた短篇集である。

200ページに満たない薄い本だが、やはりロシア文学。ズン、と腹に響く重さである。短篇でこの重量感なら、長篇はどうなるのだろう。
本書に収められた5篇中表題作を除く4篇は処女短篇集『ドン物語』に収録されたもの。ショーロホフ作品を論じるとき、「静かなドン」から「人間の運命」に辿り着いた彼の思索の深化に注目されることがある。
国、戦争、運命といった巨大な力に翻弄され、押しつぶされる人間。けれど人には、どんなに過酷な運命でもそれを乗り越えられる力が必ずある。塗炭の苦しみを味わった「人間の運命」のアンドレイが、戦争孤児と出会い再び生きる喜びを見出してゆく姿に、ショーロホフの人生や人間の可能性に対する肯定的なメッセージを読み取ることができるのである。

ただ、私は社会主義体制には限界があると思っているので、いくつかの描写には少し違和感を覚えた。
とはいえ、彼の思想の根本にあるのは、「民衆」なのだと思う。登場人物ひとりひとりに注がれるショーロホフのまなざしは、親が子を慈しむかのようだ。なるほど、トルストイの影響を受けたというのも肯ける。となると、私の好みといえるのだが、これはもっと歳を重ねてから読んだ方が心に響くような気がする。教科書にでも載りそうな作品群だ。

それにしても、広大なロシアの風土と歴史、ロシア人の気質を感じることのできる一冊である。
ロシア文学では、登場人物が大地に接吻する場面がしばしば出てくる。本書でも描かれているし、『カラマーゾフの兄弟』のアリョーシャもそうだった。島国で暮らす日本人にとってロシア人の大地に相当するものはなんだろう。海になるのだろうか。いまいちピンとこないけれど。[Amazon]

ロシア:漆原隆子/米川正夫・翻訳

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