『ルルージュ事件』エミール・ガボリオ

ルルージュ事件「初」とか「新」とか「限定」といった謳い文句にめっぽう弱い。
さて、本書。「世界初の長篇ミステリ」である。普段ミステリをほとんど読まない私でも、これは食指が動くというもの。

短篇ミステリの記念碑的作品は、エドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人』。そして、長篇ミステリとして初めて産声をあげたのが、1866年に発表されたこの『ルルージュ事件』なのである。

物語は、未亡人のルルージュ夫人が遺体で発見されるところから始まる。
警察や予審判事が捜査に乗り出すうちに、ルルージュ夫人の秘められた過去が徐々に明らかになってゆく。犯人の残した痕跡や偶然掴んだ情報から、事件発生の翌日には犯人逮捕へ。スピード解決で一件落着、に見えたのだが…。

書籍紹介には「驚愕の結末」という言葉が踊るが、むしろ事件の真相を「驚愕」と感じないことに驚いてしまった。謎解きが不得手な私でも、真犯人の正体と動機を早い段階で分かってしまうのだから、ミステリ・ファンが読めばなおさらだろう。
本書では、19世紀フランスの世相や貴族の暮らしぶり、主要人物の回想が丁寧に書かれている。スローテンポな展開に、ルルージュ夫人が殺害された事実を忘れてしまいそうになるほどだ。

犯人探しより私が興味深かったのは、ここで描かれている1860年代フランスの捜査・裁判制度である。
予審判事は、初動捜査の段階から警察とともに行動する。しかも、彼は容疑者と並々ならぬ因縁のある人物、という設定。この制度の下では、どんなに公明正大な人物でも、予断が入ってしまうだろう。事実、冷静に判断できない予審判事・ダビュロンの苦悩が綴られている。
刑法や刑事訴訟法の趣旨のひとつは、冤罪を作らないことにあると思う。これは小説だから安心して読めるが、状況証拠や自白だけで無実の罪を着せられた人は少なくなかったのではないか、とふと思った。

ところで、エミール・ガボリオという作家を本書で初めて知ったのだが、訳者あとがきによれば、彼の作品は早くから日本で紹介されていたそうだ。
もっとも、『ルルージュ事件』でいえば、ルルージュ夫人の名前がお傳(おでん)、ダビュロンが田風呂(たぶろ)、タバレが散倉(ちちくら)といった具合に日本化されており、完全に捕物帳の世界である。翻案・抄訳は多いのに、完訳で紹介されるのは本書が初めてというのだから、日本人に人気があるのかないのかよく分からない作家だ。
なにはともあれ、今回ようやく完全な形で作品を読むことができるのは喜ばしい限りである。[Amazon]

フランス:太田浩一・翻訳

monologue
上下二段組みで400ページ強ある本書。
クラシカルな雰囲気の漂うミステリです。
この作品は、新聞小説として掲載されたものだそうですが、当時の人にはかなり新鮮に感じられたんじゃないでしょうか。この頃すでにミステリのかたちが確立されていたことに驚きます。
それにしても、フランス人も出生の秘密を描いたメロドラマが好きなんですねぇ。

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