『悲しみよこんにちは』フランソワーズ・サガン
読み終えたそばから読み返したくなる小説である。
ラストと冒頭で語られる「悲しみ」という言葉を、つき合わせてみたくて。
南仏の海辺を舞台に、若さゆえの無知と残酷さ、愛と陰謀を描き出した『悲しみよこんにちは』は、なんといってもそのしゃれたタイトルが印象的である。これは、ポール・エリュアールの詩の一節から取ったものだが、いまや出典元より有名だ。
好きな詩の一節を拝借、というのは文学少女なら一度は考えそうなもの。ただ、この言葉を完全に自分のもの(世界)にしているところに、センスを含めて作者の並々ならぬ力量を感じる。
観念の世界で生きていた感受性の強い少女が、生身の悲しみを知る。その感情を受け入れるに至ったひと夏を描いたのが、本書だ。
小説さながらのスキャンダラスな人生を送った作家・サガン。
『悲しみよこんにちは』は、彼女が18歳のときに書いた処女作である。デビュー作には作家のすべてがある、と言われるが、この若さでこの洗練さはなんなのだろう。
無邪気さと残酷さ、愛憎入り混じった感情、世の中の規範に対する反発心。それら思春期の少女の心理は、まさに同世代のサガンだからこそ書けたのだと思う。
とはいえ、感傷におぼれることなく、いたってクールに登場人物の心の動きを見つめるところなんて、とても十代とは思えない。
しかも、過去を回想するかたちで綴られているのに、現在進行形で起こっているかのような臨場感。少女が年上の女性の美しさに見惚れる場面は、スローモーション映像でもみているような鮮烈な美しさがある。
ところで、本書の翻訳が半世紀ぶりに生まれ変わった。
いまやフランスでもこんな享楽的に生きる父娘はお目にかかれないだろうが、太陽と海がきらめく夏の南仏にすっと入り込めたのは、読みやすい訳文によるところが大きかったように思う。
ただ新訳はともかく、なぜ寒さ厳しいこの時期に?これは、けだるい暑さのもとで開く一冊だと思うのだが。[Amazon]
フランス:河野万里子 ・翻訳
monologue
今回の新訳を機に、初めてサガンの作品を読みました。
早熟な少女にも、ドンファンのような父親にも、享楽的な生き方にも、夏のヴァカンスさえもまったく馴染みがないのに、不思議と引き込まれます。それにしても、『肉体の悪魔』のラディゲといい、サガンといい、フランス人って早熟なんでしょうか。
冷めたまなざしが怖いぐらいです。わたしが十代の頃なんて、ほんとうに幼稚だったなぁ。いまも大人未満ですが…。



はじめまして。トラコミュからきました。Limeと申します。米国メイン州在住のものです。
これは読んだことはありませんが、映画をみました。映画がとても気に入って、そのあと、長い髪を「ジーン・セバーグ風に」ばっさり切ってしまったくらいです。
彼女のセシル役にははっとさせられるものがありました。
>Limeさん
はじめまして。
コメントありがとうございます。
セシル・カットですか!
ロングからベリーショートにするのはかなり勇気がいったと思うのですが、
それほどジーン・セバーグの美しさは際立っていたんですね。
これは、DVDをレンタルしてこなくっちゃ。
(映画、観たことがないので・・・)
映画を気に入られたLimeさんには、是非原作を読んでみてほしいです。
洗練された文字の世界を堪能できます。
いつか読もうと思っていながら読んでいなかった作品のひとつです。
ぐらさんの記事を読んで早速買ってきました。
でも、もうちょっと暖かくなってから読もうかな。
>piaaさん
タイトルはよく知っているのに、読んだことのない作品って、けっこう多いですよね。
> でも、もうちょっと暖かくなってから読もうかな。
これはどう考えても夏読むものだろー、と思います。
ストーブにあたりながら読んでるのは、なんか変な感じでした。
『悲しみよこんにちは』 フランソワーズ・サガン
17歳のセシルは父と一緒に海辺でヴァカンスを楽しんでいた。セシルの母は早くに亡くなっており、プレイボーイである父レイモンの新しい恋人エルザと三人で別荘に滞在、隣の別荘にいた大学生のシリルとの恋も芽生え、楽しい夏を送っていた。ところがそこへ亡き母の友人ア…