『ディビザデロ通り』マイケル・オンダーチェ

ディビザデロ通り (新潮クレスト・ブックス)レビューしにくい小説があるとするなら、本書がまさにそれだ。
断片的なエピソードで紡がれた物語は、ストーリーらしきものは見当たらない。始まった、と思ったら途切れて終わり、唐突に別の場面が挿入される。一見関連性のなさそうな、別の物語が。

大きく3つのパートに分かれた物語。
カリフォルニアの農場で、父、血の繋がらない姉妹、親を殺された少年が暮らしている。そこで、彼らをばらばらにする、ある決定的な事件が起きる。
家族の崩壊と再生、あるいは引き裂かれた恋人たちの再会を描くのかと思いきや、物語は一転、舞台を過去のフランスに移し、荷馬車で放浪するジプシー一家と作家の姿を映し出す。このスケッチのような第二部に次いで描かれるのは、さらに時代を遡った少年時代の作家と隣家の新妻との交流。

大雑把にまとめてみたが、本書の魅力がぽろぽろとこぼれ落ちてしまったようで心もとない。なにしろ、あらすじでは語れない、ひとつひとつのエピソード(とそれらの相関性)が光を放つ作品なのだから。
作者は、登場人物の内面を多く語ろうとはしない。核心に迫ろうか、というところで向けていたレンズをすっと引き戻す。なぞるように綴られてゆく物語を物足りなく感じるのは、“秩序”や“意味”を自然と求めてしまうからかもしれない。

が、一人ひとりの人生は簡単に“説明できる”ものの方が遥かに少ない。ドラマのように、はっきりとした始まりやクライマックス、結末が用意されている訳ではないのだ。
最初は、捉えどころのない物語の行きつく先を知りたくてページをめくっていたが、他者の存在を意識し、共鳴し合いながら生きる登場人物たちの姿を、ただ感じているだけの私がいた。
良くも悪くも、人は他者と関わって生きている。どれだけ時が経とうとも、遠く離れようとも、自分の中に潜んでいる他者が消えてなくなることはない。
時空を越えて結びつく、いくつもの人生。本書で主に語られているのは数人だが、ここでは描かれなかったいくつもの人生を想像するとき、物語は無限の広がりをみせる。そして、独り本書と向き合っていた私は、その圧倒的なスケールに一瞬眩暈を感じてしまったのである。[Amazon]

カナダ:村松潔・翻訳

Divisadero
Michael Ondaatje
Divisadero

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