『草祭』恒川光太郎

草祭デビュー作『夜市』を読んだとき、最初にこれだけ完成度の高い作品を出したら後がキツイだろうな、とぼんやり思っていた。
が、そんな私の要らぬ心配をよそに、恒川光太郎の紡ぐ物語はより芳醇に、より妖しく深化している。久しぶりに手に取った恒川作品は、怖いぐらい魅せられてしまう傑作であった。

架空の町・美奥(びおく)を舞台にした連作短篇集である。
水路を辿った先、路地の奥、猩猩像がにぎやかな屋根の上、トロッコ列車の行きつく先…。どこかでふいに異界への扉が開き、登場人物たちは日常と隔絶した空間へと誘い込まれる。

ここで描かれる美奥という田舎町は、日本各地の風景を少しずつ集めてできたような、ノスタルジー漂う場所である。
丹念な情景描写があればこそ、この幻想的な世界観が活きてくるのだろう。町の守り神と少女の交流を描いた「屋根猩猩」なんて、どことなく宮崎駿アニメ(『千と千尋の神隠し』っぽい)を彷彿とさせる。美しい風景と隣り合わせにある、非日常の世界。人は、心に潜む孤独や欲望や恐怖をきっかけに、「あちら」側の世界に引き寄せられる。

母に疑念を抱き続けてきた男子中学生、クラスメイトからいじめに遭う女子高生、父親に反発する少女、夫を殺害され人間不信に陥った女性。
ここに登場する人間は皆、なにかしら心に闇を抱えている。彼らが異界に触れることで、自分自身や周囲の人間に影響を及ぼすようになってゆく。その、わずかだが確かな変化を感じ取ることが、本書を読む醍醐味だと思う。

収録された5篇どれも味わい深いが、なかでも美奥誕生物語とでもいうべき「くさのゆめものがたり」は傑作である。〈オロチバナ〉の放つ妖しい魅力、〈クサナギ〉が秘めた再生への希望。本書を貫くテーマが、この一篇に凝縮されているように思う。
ともあれ、未読の方は是非読んでほしい。民話とホラーと幻想小説を融合したような一冊を、ご堪能あれ。[Amazon]

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