『グローバリズム出づる処の殺人者より』アラヴィンド・アディガ
近年、グローバリズムの負の側面がさかんに取り上げられるようになってきたが、本書もその流れを汲んだ一冊といえるだろう。ドキュメンタリーよりも生々しい現代インドの姿が、ここにある。
〈ホワイト・タイガー〉と名乗るあるインド人の起業家が、訪印を控えた中国の温家宝首相に宛てた手紙で綴られてゆく物語。世界が注目するインドの起業家精神を貴国に教えてあげましょう、と男は自らの成功物語を饒舌に語り始める。
といっても、本書は起業のハウツー本でもなければ、インドの経済発展を賞賛したものでもない。主人を殺すことで使用人から経済的成功者となったバルラム・ハルワイの語る物語は、現代インドの抱える問題を鋭く暴き出す。
いまや旭日の勢いの国・インド。経済新興国としての華やかなイメージが〈光〉なら、本書で映し出されるのは、あまり報道されることのない〈闇〉の側面である。
カースト制度を過去の遺物だと思っていた私は、ここで描かれる壮絶な格差社会には衝撃を受けた。豪華な高層マンションが建ち並ぶ地区の裏手にある、汚物にまみれたスラム街。賄賂が横行し、機能不全に陥った政治や警察。使用人の人権なんて、主人の飼っているペットにも劣る。
アメリカで学んでもなおインドの旧習に縛られる雇い主のアショクと、差別に疑問を抱きながらも使用人根性の抜けないバルラム。立場の異なるふたりの主従は、現代インドの抱える矛盾と混沌を体現したような存在である。
バルラムは、そんな理不尽な現状に甘んじるインド人のことを、「鶏籠に閉じ込められている人間」と喝破する。さしずめ日本では、「ぬるま湯につかった蛙」だろうか。
現として存在する、貧富の壁。鶏籠から出る方法が暴力というのは悲しいが、そのことに彼が微塵も後悔していないことに、問題の根深さを感じずにはいられない。
作者のアラヴィンド・アディガは、インド出身。経済ジャーナリストとしての経験が活かされた本書は、処女小説にしてブッカー賞受賞という快挙も納得の一冊だ。
特筆すべきは、シニカルな語り口である。
悲惨な現実を乾いた笑いで見つめながらも、その眼は少しも笑っていない。これからは「黄色と茶色の人間の時代」と持ち上げつつ、インドと似たような事情を抱える中国をも痛烈に皮肉るしたたかさ。眠れる虎と龍は、これからどんな国を作りあげてゆくのだろうか。[Amazon]
インド:鈴木恵・翻訳



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